翻訳横丁の裏路地

We can do anything we want to do if we stick to it long enough.

話題?のポストエディット

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日頃、電話なんてまったくしない自分には珍しく、先日、長電話をした。年単位でお会いしていない翻訳業界のお友達が相手。だから長電話になるのは当然なのだけど、何よりも境遇が似ている相手なので、心の何処かで「同志」のように感じていて、会話が楽しかったのも理由だと思う。

いろいろと話をしているウチに「ポストエディット」(PE)の話題になる。なんと、仕事でPEをやった(やらされた)のだとか。PEの現場がどんな感じなのかを知りたかったのもあり、いろいろと興味深く話を聞いたのだけど、何とも悩ましい。

機械翻訳の出力文を修正する基準が「意味が通じれば手を付けない」だという。巷で良く耳にする基準だけど、話を聞けば聞くほど判断に悩んでいる感じが、言葉の端々に感じられる。だって「意味が通じる」って、あまりに属人的判断基準じゃない? そこで悩んでいても仕事が進まないから、適当なところで割り切って判断するわけだけど、この作業を繰り返していると、やっぱり、言語感覚が狂うだろうなぁと心配になった。

本当は直した方が良いと感じつつ放置して、そんな放置された文章を大量に、しかも繰り返し目にするとどうなるだろう。人間は能力が高過ぎるが故に、直した方が良いという感覚が麻痺してくるのではないかと思うのですよ。きっと、感覚が鈍くなる。言葉の感度が大切な翻訳者を目指す方には絶対に危険だ、と、やはり思うわけです。

もちろん、こういう作業が好きな方もいるのです。そういう方はどんどんやれば良いと思います。ただ、社内でやるならまだしも、フリーランスで委託を受けてやるには、報酬が低すぎますね。仕事として稼げないのでは成り立たない。もはや内職的仕事なんだと思います。

私は、MTPEは、文書種類などの条件が揃えば利用できると考えています。そのレベルの条件であれば、PEに要求されるスキルも然程高くなくて大丈夫だろうと思います。問題は、使う側(特に企業側)が、その辺りの認識を正しく持たずに「単価が低いMTPEセット」という単純な発想で、ありとあらゆる文書にMTPE利用を展開しているところでしょう。もはや、誰でも出来るPEではなく、高い翻訳の知識を必要とする高価かつ工数の掛かるPEになっている。なのに、安い単価のままで回そうとして破綻しているように見えます。

PEをやるやらないは個人の判断ですが、仮に自分が請けるとしたならば、どんな文書が対象で、最終読者は誰で、求められる質はどのレベルかを把握した上で、はたして正しいMTPEの使用条件なのかを判断したいと思います。そして、必要となる工数と支払われる単価から、仕事として適切かを判断して請けたいところです。

作成者: Terry Saito

二足の草鞋を履く実務翻訳者です。某社で翻訳コーディネーター、社内翻訳者をやっていました。 詳細は、以下のURLよりどうぞ。 https://terrysaito.com/about/

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