翻訳横丁の裏路地

We can do anything we want to do if we stick to it long enough.

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CATに飛びつかない

「飛びつくのは猫の方だろう?」と、タイトルを読んで突っ込んでくれた方、ありがとう(笑)

昨日書いたブログ記事をプレビューしていたら、関連記事で以下のようなものが出てきた。

100%マッチはマッチしていない

これは2011年に書いた記事で、確か顧客に迫られてTradosを導入し、半年ほど経った頃に書いた記事だと思う。既にこういう認識を持っていたんだと自分なりに感心する。

実は先日、ある翻訳者の集まりに参加しました。訳文の質が良いと評価の高いある翻訳者さんと立ち話をしたのですが、翻訳品質を高めるために並々ならぬ努力をされていました。すべて手作業でされていることから、効率をあげるのにツール使用が必要かもしれないと考えられおられるようで、そこに翻訳支援ツールの話が登場。私は、せっかくそこまで高めた翻訳品質と意識を、ツールで壊して欲しくないと思ったので、CAT使用による翻訳品質へ及ぼす影響をあれこれとお話ししました。(この方の場合、WildLightのようなツールで十分効率化が図れます。)

そこで1つ気になったことは、ツールと聞くと、一足飛びに「翻訳支援ツール(CAT)」まで考えてしまうことです。もっとも、いろいろと存在するツールの目的や機能を把握しないで考えていることなので、仕方の無いことですよね。でも、同じようにいきなりCATに言及する翻訳者さんを見てきているので、ツールに関して何も知らない方は、いきなりCATに飛びついてしまう危険性があるなと感じました。

先日の福岡翻訳勉強会小林晋也さんが話されたような内容を、初学者や初心者を含め、ツールを知らない翻訳者の方の耳に入れる必要があると強く感じました。どういうツールがあり、どういう機能を持っており、どういう目的で使用できるのか、そしてそれらを使用する上でのメリットとデメリット。小林さんのセミナーの良いところは、デメリットの説明が単なるQCDの世界で完結しておらず、翻訳者としての能力や将来への影響にも踏み込んでおられる点です。

ツールが何物かをまだ理解されていない方は、是非、小林さんのセミナーを受けていただきたいと考えるのと、いきなり浅い知識でCATに飛びつかず、周りにいる翻訳者仲間の話や各ツールのホームページなどを読んで知識を深めて、ツール選びから慎重に行って欲しいなぁと思います。

 

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マッチ率による価格は破綻

最近ときどき耳にするのは、本来、翻訳支援ツール(CAT)の使用が許容できると言われているマニュアルなどの文書種類を逸脱して、プレゼン資料やコピーライティングといった、同じ原文でも表現の仕方により訳文の幅が大きく違ってくる文書種類にまで、CAT適用を要求してくる翻訳会社やクライアントが増えてきているらしい。(翻訳支援ツールの誤使用)

これは、CAT使用が可能だと判断する立場である翻訳会社の翻訳的無知が原因ですが、中の人間の入れ替わりとともに、本来の考え方が忘れ去られているのだと思います。

マッチ率とレートには前提となる文書種類があるはず

私は以前から疑問に思っているのは、「訳文の再利用」という考えがあるからこそのマッチ率による価格設定だと思うのですが、「果たして本当に再利用できているのか?」ということ。商品名称や部品名称といった固有名詞が違うだけであれば、概ね、その単語を置き換え、必要に応じて冠詞と単複を合わせ込めばオリジナルの訳文を「再利用」できる(のか?ほんとに?)のでしょうが、それを超えると「再利用」ではなく「再翻訳」に等しいのではないか?と感じています。もちろん、マッチ率はそういったものの登場頻度を鑑み、平均化された数値だと想像していますが、その平均値の前提となるのが適用する原稿の文書種類だと考えるわけです。

つまり、マッチ率による価格設定自体も、適用する文書種類によって違ったものが設定されていて然るべきで、前述のプレゼン資料などのケースなら、「マッチ率は何%だろうが100%の支払い」という価格設定をせざるを得ないでしょう。

無管理TM故にマッチ率は破綻。再利用可能率で考えるべき?

どうも、言葉に惑わされている気がします。「マッチ率」は「再利用可能率」と頭の中で置き換えて考えた方が良いのかもしれません。マッチ率というとTMと原文のデータ的に合致した割合を意味しますが、再利用可能率として考えると、合致したTMの訳文が再利用可能かどうかの率ですから、全く意味が変わってきます。そもそもTMの訳文が100%マッチしようとも再利用できるかどうかは不明です。ましてや、TMの管理がされていなければ、訳文が再利用できる可能性はかなり低いだろうと思うのです。(これ、クラウド系CATだと野生の王国なんぢゃ!?)

翻訳会社自身がマッチ率によるレートを破綻させている

翻訳会社がCAT使用の前提条件を忘れ、あらゆる文書種類へ適用することを始めた時点で、マッチ率レートがひとつでは破綻する状況を作り出しています。今後、マッチ率レートはひとつではないという認識に切り換えて、翻訳者さんは交渉してみるのも良いと思います。

プレゼン資料のCAT使用案件がきたら、「このマッチ率レートは、どういう文書種類を対象としていますか?」と聞いてみると面白いかもしれませんね。「統一レートです」と言われたら、「それ、おかしいでしょう?」という話になる。私だったら、マッチ率関係なく翻訳料は100%お支払いするね。過去訳の再利用など全く目的とせず、訳後のレイアウト調整を簡略化するとか用語集適用という利を取る意味でのCAT使用になるだろう。

 

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【再告知】博多で翻訳勉強会(2016.9.24)

以前お知らせしましたように、この度、福岡翻訳勉強会のお招きで、9月24日に福岡へ参ります。開催一ヶ月前になりましたので、再告知いたします。

関東地区から深井裕美子さんと私、関西地区から小林晋也さんがそれぞれ福岡入りして、セミナーセッションを行います。セッション内容は以下の通りです。

  • 深井裕美子さん「辞書とコーパス」
  • 小林晋也さん「翻訳支援ツール超入門 ~ その是非を考える」

そして私は「翻訳チェック、そしてWildLight」というテーマでお話をする予定です。内容は「翻訳チェック」が中心です。私が翻訳者として、自分の翻訳物をチェックする上で実施している翻訳品質保証フローと項目を考え方とともに説明する予定です。自分の翻訳物に対してどんな翻訳チェックをすればいいのか良く分からないとか、考え方が確立していないと感じている方に参考にしていただけると思います。また、既に自分なりの翻訳チェックを確立されている方にも参考になるでしょう。WildLightは、そのチェック手段のひとつとして私の使い方を紹介します。

九州地区でこういった翻訳関連の複合セミナーの開催は珍しいと思いますし、関東/関西地区にいても、なかなかありません。九州地区の翻訳関係者の皆様は、是非参加をご検討いただけると嬉しいです。また、他地区の方々も、秋の九州旅行を兼ねてのご参加を検討してみては如何でしょうか?
お席も順調に埋まってきたと連絡を受けていますので、参加を検討されている方は、お早めに。

詳細は以下のリンク先をご覧ください。

情報源: 博多で翻訳勉強会(2016.9.24)

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誰の言葉?

以前、同僚達に、機械翻訳や翻訳支援ツールを使用する上でのリスクを説明するのに、以下の話を引用して説明したことがあります。

  • 佐々木希「夜道で襲われて抵抗したんだけど死んじゃったらどうしようかと思った」
  • 吉田沙保里「夜道で襲われて抵抗したんだけど死んじゃったらどうしようかと思った」

引用元は「Pumpkin-NEWS」の2015年1月23日の記事。元ネタは2chらしい。

記事の中では、話される言葉はまったく同じなのに、話者が変わることで読者の捉える意味が変わることを面白おかしく話題にされています。

この比較は、とても面白いと思いました。読者の持つ話者に関する情報により、言葉の解釈が変化している。これは翻訳でいつも注意しているポイントのひとつですよね。作者意図、背景情報、前後関係、想定読者などを考えながら原文を読み解き、訳文に落とし込む。上記の引用文を仮に翻訳した場合、コンテキストを失うことなく、まったく同じ訳文にできるでしょうか?(記事の面白味を残す云々はこの場合無視)。異文化異言語の読者が、話者の背景情報を持っているとは想定できませんから、そこに何かの手当てをする必要があるでしょう。

もしも、この引用文を翻訳支援ツールに入れた場合、どうなるでしょう?当然、ふたつの文は100%マッチになるでしょうから、翻訳メモリーに登録した訳が単純に、このふたりの言葉として適用されるのでしょう。そして、もし過去訳とマッチしてしまった上に「100%マッチは触らないでください」という翻訳会社の指示があれば、その訳が原文のコンテキストを失ったそのままの状態で放置されることになりますね。

この例を学びとして捉え、改めて心に決めたことは以下の通り。

  • 翻訳支援ツールを使う翻訳対象は、分野、文書種類などを含め、慎重に検討すること。(無闇に使用を判断してはならない)
  • 顧客が指示しない限り、マッチ率に関係なく、コンテキストが保てないものは修正翻訳必須とし、その対価を支払うこと。(「100%マッチには手を付けるな」といった誤った指示をしないこと)

問題は、翻訳会社が翻訳支援ツールを支援ツールではなく、翻訳ツールと間違って理解し、使っていることではないでしょうか?翻訳支援ツールは、翻訳を「支援」するツールであって、翻訳者の意思を無視して、訳文を勝手に確定するような使い方は明らかに行き過ぎだと思います。

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大阪でもWildLightセミナー

二年振りに大阪へ行きます。ほんまかい(大阪)主催の勉強会でWildLightセミナーをさせていただきます。

日時:5月14日(土)13:00-17:00
場所:神戸大学学友会大阪クラブ@大阪梅田駅前第1ビル11階

タイトル:「翻訳チェックとWildLight活用」(仮称)

詳細と申し込みは、ほんまかいホームページへ。


 

【セミナー概要】
個人翻訳者が翻訳完成物を納品する前に実施すべき品質チェック項目とチェックフローを、翻訳コーディネータの立場から提案し、実際にテリーが実施している翻訳チェックフローを例として取り上げ、そのフローになった理由や皆さんがフロー構築する上で考慮すべきことを説明します。また、それらのチェックでどのようにWildLightを活用しているかをデモで紹介いたします。

関西地区で個人を対象としたWildLightセミナーは、多分、初めてだと思います。興味のある方は、是非、この機会に参加をご検討ください。


1件のコメント

タッチタイピング

先日、日本翻訳連盟が主催する翻訳支援ツール説明会に参加してきた。その中のお題にキーボード練習法というのがあったのだが、キー入力を鍛えるという点で、とても有効な練習法だと思った。

キーボード入力は、翻訳者にとって避けては通れない必須技能だと思うが、故にタッチタイピングは「出来て当たり前」だと思っていた。ところが、しんハム氏が2015年10月に行った翻訳者アンケートによれば、「できない」と答えた方が7%、「一応できる」と少し自信の無い方を含めると30%にもなって、少々驚いた結果になっている。

キーボード入力は、翻訳の効率を考えると、「正確に間違いなく」「速く」打てるに越したことはない。また、翻訳中の思考を妨げない程度の習熟度が必要だと思う。

タッチタイピングを習得するには、いろいろなアプローチがあるようだが、私がどのような方法を採ったか記憶にない。パソコン通信時代のチャットがトレーニングの場だったように思う。ただ、この時は「文字が入力される」事が目的であったため、運指に余り気を遣っておらず、時にいい加減で変な手癖を付けることになってしまった。

昔、日本翻訳連盟でセミナーをさせていただいた時にも言及したのだが、ミスタイプといったポカミス/作業ミスの類は、問題が発生したものを後で見付けて潰すのではなく、最初から発生させない対策アプローチを取るべきであるとお話しした。スペルミスやミスタイプも、間違って打鍵したものを修正するという発想ではなく、最初からミスタイプしないアプローチが必要となる。

私がセミナーで紹介した我流のミスタイプ対策は、単語単位でそのスペルの打鍵パターンを身体の動作記憶に定着させるというアプローチだった。これは、単語のスペルを(単語の発音とともに)一文字づつ脳内で意識して打鍵し、ミスなく正しい打鍵パターンを繰り返すことで身体に覚えさせる。翻訳の作業自体がトレーニングとなるので、改めて練習する時間を必要とせず、また、スペルを覚えられて一石二鳥だった。この方法は「文字が入力される」ことよりも「正しく正確に入力する」ことに主眼を置いた方法なので、上述した「手癖」を治す良い方法になった。

この方法を繰り返していると、入力しようとする単語を脳内で発音しながら打鍵パターンを再生して入力するようなイメージになっていくのだが、そこで仮にミスタイプを起こすと、違和感となって分かるようになる。この方法は、特に簡単な単語ほど有効に働く(長い単語は自ずと確認しながら慎重に入力するので、ミスは発生しづらい)。

キーボード入力は「技能」なので、反復練習しか習得する方法はない。「正確に間違いなく」「速く」打てるタッチタイピングを習得するには、先ずは指のホームポジションを覚え、(キーボードを見ることなく)正しい指でキーを押す練習が必要不可欠に思う。日々のキー入力で面倒がらず、基本に沿った運指で入力するだけで、その後の結果が大きく変わってくると思う。タッチタイピングをまだ習得していないという方は、今日からでも意識して入力してみては如何だろうか?

ーーーー

【2016/02/25 13:00追記】

さて、私のブログに触発されて高橋聡さんが「# タイピングの話」という記事をブログにアップされましたので、私のブログ記事にも少し追記しておきます。

私は昔からローマ字入力です。「なぜ、かな入力にしなかったのか?」という疑問が残ると思います。高橋さんが書かれているとおり、

「かな入力のほうが打鍵数が少なくて効率的」

と私も考えていますが、タッチタイピングを本格的に意識してキーボードを触り始めた若き頃、私はアメリカ赴任を目指していたという事もあり、頭の中は英文ありきだったんです。つまり、ふたつのキー入力パターンを覚えることは非効率だと考え、英文も日本語もある程度効率的に入力できる折衷案として、必然的にローマ字入力を選択したのですね。

在米中はもっと効率的に入力できないか?とDvorak配列などにも手を出し、東芝dynabook用のフリーソフトウェアを公開したりしましたが、結局、頭で意識せずとも入力できるQWERTY配列によるローマ字入力から離れられなかったのが事実です。何としてもマスターするという意識が低かったのですね。40歳を超えた頃、携帯電話のポケベル入力方式を必死でマスターし、キーを見なくてもメールが打てるほどになっていたのですから、結局、新しいキーボード配列や入力方式を学ぶには、どれだけ必要に迫られ、必死になるかというところに尽きるのだと思います。

タッチタイピングも、翻訳者には必須である…という強い意識を持って取り組む。そこだろうなと思います。


置換は翻訳にあらず

言葉を仕事にする人間として誠に恥ずべき事ではありますが、今まであまり意識をすることなく「置換翻訳」なる言葉を間違って使っていました。この場を借りまして、翻訳関係者の皆様には深くお詫び申し上げます(笑)

「何をいまさら、そんな当たり前のことを?」
と、タイトルをご覧になった方は思ったことでしょう。

最近、「またかよ…」と思うような出来事があったのです。以前、翻訳会社から納品されたある技術文書の英訳品をチェックした際、あまりに出来が酷く、ツールを使った置換を利用したと推測されるものでかなりイラつきながら訳し直しをしたのを覚えています。今回は特許翻訳の和訳品で、品詞に関係なく置換されており日本語として成立していない。こんなものを平気で納品してくる翻訳会社も問題ですが、それ以前に置換した結果に見直しさえ掛けないで翻訳会社へ納品した翻訳者の問題が大きい。

つまり「何をいまさら、そんなの当たり前」と思っていない翻訳者が多少なり存在し、置換したものを見直しせずにツールの出力結果を鵜呑みにする思考を持って商業翻訳に従事している人が、少なからず存在しそうなので、敢えてこんなタイトルで記事を書いてみることにしました。

私個人的には、置換を利用する場合、固有名詞だけにせよと話をし続けているのですが、世の中には品詞に関係なく置換している人がいると聞きます。上記のふたつの例は、まさしくそういった置換をしているものですね。

置換は翻訳ではない

怒りにまかせてFBに書き込みをしたら、ある方から「置換は省入力であって、決して省翻訳であってはならない」という趣旨のお言葉を貰いました。ど真ん中貫いた簡潔な言葉に、私は痛く感動しました。そして冒頭のような反省をした次第です。

翻訳事典2017年度版の巻頭記事「わたしの提言」の中で、井口耕二さんがこんな事を書かれています。

どのようなツールにも功罪両面がありますが、罪の方は聞こえてこないものです。

不適切なツールを導入すれば、翻訳者としての基礎が崩れてしまうこともあります。

置換ツールに絞って考えれば、翻訳をする上で適切な使い方というものがあり、それを越えたところで使用した場合、「害」が発生する。上述した例は明らかなツールの使い方の間違いですが、翻訳者はそれを認識していないようだし、ツールの出力結果をあたかも鵜呑みにしているが如く見直しもされていない感じです。これは、ツールを利用したときの効率ばかりが聞こえていて、ツールを利用したときの「害」をまったく認識しないで(もしくは無視して)導入しているのではないかと想像されます。また、納品されたような訳文を「善し」と判断している時点で、翻訳者としての技量に大きな疑問を持つわけですが、そういう認識にさせる一因に、こういうツールの使い方が多少なりとも関係しているのではないかと考えています。

「それは使っている翻訳者の問題」という意見もあります。ツール開発者がそこまで想定しているかという問題もあります。でも、電化製品を想定外使用して火災になり人命に影響する…に類する知識と情報は、必要だと思うのです。利点も言えば欠点も言う。「使い方によっては、あなたの翻訳者としての能力伸長を阻害しますよ」みたいな情報も、やはりあるべきだと思うのです。私もWildLightなどのツールを開発している立場ですが、そういったツールの翻訳における正しい使い方(間違った使い方)を、明確にしておく責任があると感じました。

置換は単なる「省入力」。置換により入力されたものは、ちゃんと翻訳として問題ないかを検証しなくてはなりません。置換で翻訳が完了することは絶対あり得ず、故に全文を通したチェックの中で問題を拾い修正する行為が絶対に入ります。

もし、置換ツールを含め翻訳支援ツールを使用しているのでしたら、今一度、ツールを使用する目的は何か、その目的に合致した使い方をしているか、ツールを使用する事による害は何かを再検討/再認識して、正しい使い方に是正する機会にして貰えたらと思います。

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年の初めはWildLight

ワードアドインマクロ「WildLight」のセミナーが1月と2月に予定されていますので、ご紹介いたします。今年は何か新しいことに手を付けてみたい・・・ツールに手を出してみたい・・・という方は、お手頃なWildLightから始めてみてはいかがでしょうか?(笑)

  • 2016年1月31日(日) 東京ほんま会主催
    WildLight中級セミナー
    過去、東京ほんま会でWildLight初級セミナーを実施してきました。今回は既にWildLightをお使いの方を対象に、実際に自分たちの抱える問題を解決するために、ワイルドカードやWildLight特殊コマンドを使って辞書を作り、WildLightで処理していくワークショップスタイルで進めていきます。
  • 2016年2月27日(土) サン・フレアアカデミーオープンスクール
    WildLight初級セミナー
    昨年もオープンスクールで「WildLightで効率アップ&品質アップ」というクラスを担当しましたが、今年は単純たるWildLightの使い方教室です。メニューにある機能と準備された辞書ファイルで実現できる機能をデモンストレーションしながら解説します。これからWildLightを使おうと考えている方にぴったりのセミナーです。

なお、WildLightは、拙者の別ブログ「WildLight」で無料でダウンロードできます。


MT Live ~機械翻訳の担うべき役割~ を聴講した。

第25回JTF翻訳祭の午後は、トラック2セッション4「MT Live ~機械翻訳の担うべき役割~」を聴講した。このパネルディスカッションは、機械翻訳システムを開発・販売する側として東芝ソリューション株式会社と、以前、東北観光博ホームページの誤訳問題で注目を集めた株式会社クロスランゲージ、そして翻訳の玄人側として、特許翻訳事務所の方や技術翻訳スクールの方、そして遠田和子先生という組み合わせで行われた。モデレーターは大手翻訳会社の社長だった。

このパネルディスカッションの雰囲気は、私にとって終始気持ち悪いものだった。特に翻訳の玄人の視点で、機械翻訳の訳文の質を評価する立場だと思われる翻訳スクールの方が、意外にも機械翻訳へ傾倒した印象だったのは、少し恐いものを感じた。

機械翻訳の質は、本当に正しく評価されているのだろうか?

事前に渡された資料は、特許、IT、一般の3つの分野に分けられており、それらの分野の英文原文が「対象文」欄に、そして、それに対になる形で機械翻訳された訳文が「MT訳」欄に、そして次に「参照訳」欄の順で表になっていた。セッション開始前にその資料のIT分野の表を眺めていたのだが、この「参照訳」って一体何だろう?と疑問に思った。その訳文の質から、多分、機械翻訳したものをポストエディットした訳文で、「ほら、ポストエディットすれば、機械翻訳もそこそこ使えるレベルになるでしょう?」と説明するためのものだろうと想像していた。

しかし、説明が始まって分かったのは、参照訳は登壇された方が翻訳されたものだということで、これにかなり驚く(思わずツイート)。そして、その参照訳に対して機械翻訳の訳文を比較し「これはダメですね」「いい線いってますね」「完璧ですね」と評価して、機械翻訳の翻訳精度を見せようとしていた。そもそもの比較基準が参照訳程度であることは、果たして良いのだろうか?と素直に疑問を感じた

このパートを聴講して考えたのは、例えば一般の人がこの説明を聞いてどう捉えるかである。単純にいえば、翻訳としてどうであるか?という視点を排除し、参照訳と機械翻訳を文字の羅列として比較し、文意が伝わるかという視点で説明されると「なるほど、結構、使えそう」と誤解するのではないだろうか?(実際、聴講していた方が「ITソフトウェアの文章に関しては、・・・(中略)・・・機械翻訳とでは、あまり違いはなかったようです。」と感想を述べられている点からも分かる)。そして人間翻訳と比較して安価なコストを見せられれば、心が揺らぐのも理解できる。そう考えると、機械翻訳を導入する側の罪より、売る側の罪の方が遥かに大きいのではないかと思った。以前の東北博問題の時にも同様に考えたが、少なくとも翻訳事業を内部に持ち、翻訳のプロである某社には、この質問を会場でぶつけてみたかった。

ちなみに、参照訳の質に対する私の判断がおかしいのかと思い、セッション終了後に周りにいた翻訳者さん複数名に確認したが、異口同音に私と同じ感想を口にしていた。

機械翻訳の正しい使い方は?

開発・販売側より「大量の英文の中から自分の読みたいパートを探すために、まずは機械翻訳で日本語にし、日本語で読みたい部分の当たりを付けて、原文英文を読むという使い方に使える」というような発言があった。こういう大量なものを短時間で何となく意味の伝わるものへ変換するのは、機械翻訳の得意技だし、正しい使い方だと思った。何よりも機械翻訳の出力が、第三者の読者へ最終成果物として提供されない使い方で、とても正しいと思った。

ただ、残念ながら、このパートの議論は余り深耕されることなく、この程度で終わった。一体、あの市町村役場のホームページなどで多言語化目的に大量に導入されている機械翻訳システムについて、どう考えているのか?また、このセッションメンバーはどう考えるのか?

村岡花子の故郷・甲府市の公式ホームページに関するブログ」というブログがある。このブログは、甲府市が導入した機械翻訳システムの吐き出す珍訳を紹介し、機械翻訳の使い方について問題提起している。「機械翻訳なので正確ではない」という免責コメントがあるにせよ、ブログ記事を読む限り、情報正確性を放棄してまで導入する価値が果たしてあるのか些か疑問である。(参考:機械翻訳システムの無責任使用)

MTを使いこなす翻訳者!?

技術翻訳スクールの方から「これからの翻訳者はMTをどう使いこなすかで差が出る」という趣旨の発言があった。これを聞いて私は愕然とした。翻訳学校の方が、こんな発言をするとは想像さえしなかったからだ。

これから翻訳者を志す方達は「翻訳者」という言葉の定義を自分なりにしっかり持つように心掛けないとならないと思う。「翻訳者」、「ポストエディター」、「MTオペレーター」とでも、業界で明確に切り分けがなされるまで、あれもこれも「翻訳者」と一括りで話がされるのだろう。自分が志す「翻訳」とは何かをしっかり定義付けて、業界で発信される情報を見極める目が必要になると思った。

私個人的には、MTを自分の翻訳プロセスの一部に使う発想は全く持てない。機械翻訳の出力を目にすること自体が毒だと思うからだ。翻訳者になるには、可能な限り「綺麗なものだけを観る」方が良いと私は思っている。

翻訳テクノロジーの発展は単価をさらに押し下げる

これからの翻訳テクノロジーの発展を議論される中で、モデレーターの「この先、翻訳テクノロジーが益々発展したら、新しいツールが出てきて、そして単価が下がり…」という言葉に複雑なものを感じた(二回も言及されたことに、モデレーターのある種の誘導を感じずにはいられない)。TRADOSなどの翻訳支援ツールの登場により、翻訳単価が下落したケースを引用しての発言だったが、この部分だけを考えると「この類の質」を提供している翻訳者は仕事を失うことになる(MTオペレーターとして生きるのかもしれない)。「翻訳」を仕事にしたいのなら、そんなセグメントからは早く撤退した方がいいだろう。

最後に

MTの研究開発はどんどん進めて欲しいと思う。今のMTの問題は、最終読者の期待値をどこに置くかという点を含め、何に使えるのかの研究が疎かになってることではないかと思う。ホームページへの使用を含め、正しい使用に是正されることを期待したい。


【聴講】翻訳者のためのパソコン超入門

昨日(9月13日(日))行われた東京ほんま会の「翻訳者のためのパソコン超入門 東京でも基礎からわか~る ハードウェア・OS編セミナー」を聴講してきました。

講師は、大阪からお越しいただいた小林晋也さん(通称しんハムさん)です。

内容は、超入門というタイトルを超えた高度な内容が散りばめられていましたが、少なくとも「やっておくこと」という視点の情報も多く、充実したものと感じました。

講演内容の中で、ワードのnormal.dotmが肥大化して、ワードの立ち上げが遅くなるという話がされ、その対応策を紹介されていました。この方法については、拙者のWildLight ブログにまとめ記事をあげてありますので、ご参照ください。

Word の起動・終了が遅くなったら試してみること

セミナー後の懇親会は、とても久々に、熱く翻訳談議が繰り広げられ、翻訳クラスターの集まりに相応しい楽しい会になりました。