翻訳横丁の裏路地

We can do anything we want to do if we stick to it long enough.


完全オフライン環境で動作する生成AIモデルの日英翻訳能力比較レポート

生成AIを翻訳支援ツールとして利用する場合、障害となるのが情報の取り扱い。従来のクラウド型生成AIでは、入力した情報がクラウド上のシステム内で内部利用される可能性があるため、守秘義務のある情報や、情報漏洩を避けたい個人情報を含むデータを入力することができず、生成AIの活用に制限がありました。

7月8日に、LM Studioの企業・団体での利用が無償化されるというアナウンスが出ました。

LM Studio is free for use at work

記事のChatGPTによる和訳要約
LM Studioは、これまで家庭での個人利用のみ無料でしたが、2025年7月8日から企業・商用利用も完全無料になりました。これにより、会社やチームでも申請や手続き不要で自由に使えるようになります。データはローカル保存のままでプライバシーも保たれ、外部送信の心配はありません。今後は、無料のチーム共有機能や、有料のエンタープライズ向けプラン(SSOやアクセス制御など)も順次提供予定です。研究開発や業務効率化を進めたい企業にとって、大きなメリットとなる方針転換です。

これにより、情報セキュリティの問題で生成AIの導入が進まなかった企業でも、LM Studioなどを利用したローカル環境だけで動作する生成AIの利用が進むのではないかと思います。また、個人翻訳者の立場で考えても、同様の理由から、生成AIを翻訳支援に利用するハードルが低くなりました。

私は以前から、翻訳(特に英訳)の相談役として ChatGPT を使い続けていますが、それはこちら求める英語に関する質問に対して、期待する回答品質を持っているからです。さて、ローカル環境だけで動作する生成AIでは、果たして期待した回答品質が得られるのか、そこが大きな問題です。ローカル環境で動作可能なモデルサイズですので、翻訳においてクラウド系生成AIのような質は期待できないかもしれません。

そこで、自分の使用目的を前提に、DeepSeek-r1、Gemma-3-12b、Gemma-3-27bの3つのモデルで、日英翻訳を行って翻訳評価を行いました。その結果をレポートにまとめたもの(簡易版)が、以下のPDFファイルです。

もしご興味がありましたら、ご閲覧ください。


日英翻訳に生成AIを使うなら原稿プリエディット

私は、日英翻訳の一次訳に生成AIをよく利用しています。その際、必ず行うことは、日本語原稿のプリエディットです。

過去の機械翻訳では、期待した出力を得るために日本語原文をプリエディットするアプローチが取られていました。このプリエディットは、以下のような視点によるものだったと思います。

  1. 主語の明示化
    日本文で省略されがちな主語を明示する。
  2. 曖昧表現の排除
    指示詞や、意味が複数取れる表現を明確化する。
  3. 簡潔で一文一義
    1文に複数の意味を含めず、1文=1意味にする
  4. 日本語独特の表現を回避
    直訳できない比喩、慣用句を避け、事実描写中心にする
  5. 語順を英語的に意識
    主語→動詞→目的語(SVO)の流れを意識して修正する。
  6. 省略の回避
    必要な情報(主語・目的語・状況説明)を補う。
  7. 一貫した用語統一
    同じ意味の語を統一し、言い換えを避ける。

これらのプリエディット作業は、日本語ネイティブが扱う自然な日本語とはかけ離れた不自然な表現になるため、一定のトレーニングを受けた人でなければ対応が難しいものでした。

一方、生成AIを翻訳へ活用する場合のプリエディットは、このような難解なものではなく、私が思いつく範囲で書いてみると、以下のようになります。

  1. 文脈を明確にする
    「何がどうなったのか」「誰が何をしたのか」を明示する。
  2. 曖昧語・ぼかし表現を避ける
    「適宜」「よろしくお願いします」など曖昧表現を具体化する。
  3. 因果関係・対比を明示
    「なぜそうなるのか」「何と何が比較されているか」を書き分ける。
  4. 固有名詞・用語の統一
    同一ドキュメント内で表記揺れをなくす。
  5. 翻訳で迷いそうな言い回しを避ける
    日本語独特の言い回し(例:「一応」「なんとなく」)を削除または明確化。
  6. 文を簡潔に整理する
    長文・複文を避け、できるだけ短い文を並列させる。

これを書きながら気づいたのは、昔、原稿作者に指示していた内容と本質的に同じだということです。たとえば、「適宜って、どれくらいだ」「お願いしますって、具体的に何をお願いしているのか」「一応って、やるのかやらないのか」「長文過ぎて言いたいことがわからない」「複数の意味に取れるが意図は何か」「前後関係が矛盾している」などなど、原稿作者を質問攻めにしていた内容そのもの。

つまり、昔の機械翻訳相手では「機械相手の修正」だったプリエディットが、生成AIでは「人間相手の修正」と本質的に同じ視点でプリエディットを行うべきだ考えています。「読者が誤解することなく、読んで容易に理解できる日本文にする」という視点ですね。


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仕事替え

翻訳者仲間と1年以上ぶりに会った。ひとりは5年以上ぶりだった。

近況を聞くと、翻訳をやめた人、やめようとしている人、少し仕事の形が変わったものの続けている人、とさまざまだった。

仕事替えをした人の主たる理由は、単価が下落し(その割に指示が多く)割に合わなくなってきたからというもの(映像翻訳)。もしくは単価が下がり、生活維持が困難になってきたため(ビジネス系翻訳)だった。(それぞれ別業種の勤め人になったそうだ)

また、翻訳の仕事をやめようとしている人は、産業系翻訳をやっていたが、機械翻訳が入り込んで仕事が減ったため、ゲーム翻訳などへ移行。しかし、最近生成AI導入の気配があり、同様に(本来の翻訳という)仕事を失う可能性が高くなってきたため、見切りを付けて翻訳から完全に手を引くという。

継続している人は、生成AIが下訳した訳文をファクトチェックや修正する仕事に変わったとのことである。

これが現実なんだろう。

AIが翻訳という仕事を奪い、形を変え、価値を下げているのは間違いない。

議論の中で意見が出たけども、AIによって(情報伝達型の)「翻訳という仕事の価値が、一般的な仕事と変わらなくなってきている。」というのは嘘ではないと思う。


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雑談と雑感

久し振りに某翻訳関係者と雑談。使うべきはNMTじゃなく生成AIだよねという話で落ち着く。ツールとしての使いみちを考えたら、当然そうなる。

話を聞けば、翻訳会社が集まる某会議で生成AIのデモが行われ、関係者から口々に「我々の仕事が無くなる」というコメントが出たらしい。

まぁ、そうなるよね。

以前は「NMT+言語人材」という組合せで企業内の翻訳業務が奪われていたけど、いまは「生成AI+言語人材」という組合せで、さらに広範囲の文書が対象になってきている。生成AIを手懐けた人材がいれば、多くの翻訳業務が社内処理されることになるでしょう。(つまり外注されることはない)

取扱金額という視点でみると、大きな翻訳市場がAIにどんどん奪われているということなのだと思う。


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翻訳チェックを復習しよう #JTF32fes

7年前のJTF翻訳祭は、アルカディア市ヶ谷の私学会館で開催されました。講演時間の近づいた私は、講演部屋に向かいました。事前の来場者アンケート結果から収容人数が一番大きい部屋で講演することになっていました。会場には多くの翻訳関係者。翻訳という仕事で繋がる人たちがこんなに多いのかと感動したものです。そして、講演部屋に向かう狭い階段に人の列。「なんだ?この列?」と思いながら、列の横をすり抜けて階段をあがっていく。あがれどあがれど続く列。そして、その列は自分の講演部屋に向かって続いていました。部屋に到着してみれば、壁という壁に人が立ち、通路は体育座りする人々、そして壇上にいる私の目の前まで押し寄せている人たち。聴講者300名超。事前準備した資料300部があっという間になくなったため、正確な数字は把握できず。壇上から見る光景は、学生集会か何かと見紛うような状況で、いまでも目に焼き付いています。

…と、前置きが長くなりましたが、これが、2016年のJTF翻訳祭で私が講演した「誰も教えてくれない翻訳チェック ~翻訳者にとっての翻訳チェックを考える~」での出来事でした。

今年のJTF翻訳祭では、ありがたいことに会場で講演する機会をいただきました。

日時:10月27日(金) 9:30~10:50
場所:JPタワーホール&​​カンファレンス ホール1

参加チケットはこちらから。
https://www.32jtffestival2023.com/ticket

そうです。7年ぶりに「翻訳チェック」をテーマとした講演「翻訳チェックを復習しよう」でお話をさせていただきます。この7年で、新たに翻訳会社で仕事を始めた方や翻訳者になった方もいるでしょう。私が大昔に悩んだ「一体、翻訳の品質とはどう保証されているのか?」「翻訳チェックって何なのだ?」といった疑問を抱いて日々の仕事をされている方も多いのでは無いかと思います。

私が翻訳会社の人間として、また、ひとりの翻訳者として、製造業の品質保証経験をベースに確立した「翻訳チェックの考え方」についてお話しします。基本的な考え方は7年前と大きく変わりませんが、7年という月日の中でアップデートしてきたものもあり、前回以上の内容でお話したいと思います。
翻訳業界では、なぜか「翻訳品質」とか「翻訳チェック」といったテーマの講座やセミナーは多くありません。多分、この講演も、とても希少な機会になると(我ながら)思います。「翻訳チェック」や「翻訳品質保証」で悩んでいる方は、是非、会場に足をお運びください。私はパーティーにも参加予定です。見掛けましたら、どうぞ、お気軽にお声がけください。

参考に、前回の翻訳祭講演の感想を書いてくださっているブログのリンクを張っておきます。