翻訳横丁の裏路地

We can do anything we want to do if we stick to it long enough.


海外経験を持つ社内人材の罪

昨年来のセミナーで、顧客には極論、ふたつのタイプしかいないとお話ししています。翻訳のわかる顧客と、翻訳のわからない(言語知識のない)顧客ですが、実際には「この間に翻訳は知らないが中途半端に言語知識のある顧客がいますよね、これが厄介ですよね?」とお話しすると、会場から必ず笑いが起こります。皆さんも同様に苦労されているだなぁというのがよくわかります。

海外赴任を経験したとか、海外を相手にする部署で長年仕事をしていたとか、その背景は様々ですが、業務上のコミュニケーションに困らない程度の言語能力を持っておられる。そんな方々が、海外へ配信する翻訳文書の確認作業や翻訳作業を任されたりする。最近多いのは、定年後の再雇用で言語経験を買われ、そういった仕事に従事されている方です。

こういう方々の一部に見られる傾向は、以下のようなものでしょうか?

  • 外国語に妙な自信を持っておられる。
  • その割にその言語の書物に触れていない。(つまり常識的スタイルを知らない)
  • 文法理解が乏しい。
  • 自分の持つ専門知識(企業方言含む)を翻訳者も当然持っている前提で判断する。
  • 日本文の考え方とスタイルで解釈する。
  • 2言語間で、単語が1対1で対応すると本気で思ってる。
  • 動詞さえも統一されるべきと考えている。
  • 自分の言語センスは絶対だという自負があり、我々の説明を心から理解しようとはしない。
  • 上から目線で命令的かつ断定的。

こういう方々が、プロ翻訳者の翻訳した翻訳物に赤を入れ、(間違った)修正を加えて利用しているのです。勿論、それがその会社の社内で閉じているならば、我々の知ったことではないので結構なのですが、時として「あの翻訳会社の翻訳は酷い」とか「あの翻訳者の翻訳は酷い」という謂われない悪評となってその会社の中に広まり、最悪、依頼止めされるといった事態になることもあります。

これは、依頼する側、依頼される側の双方にとって不幸の何ものでもありません。

問題のひとつは、その企業の判断基準が(素人の)「言語を知っている人」になっていることです。その担当者の上司も、自分で判断できないため、担当者の判断に依存せざるを得ないことも原因のひとつでしょう。また、以前役職にあった年上の再雇用者が担当者だったりすると、物申しづらいという背景が、上司の判断を狂わせているのかもしれません。どちらにしても、いち企業の判断としては、お粗末としかいえません。

ここでクライアント企業に理解しておいていただきたいのは、以下のことです。

  • 言語を知ってる程度の知識では、翻訳の善し悪しを判断できないこと。翻訳できないこと。
  • 翻訳の善し悪しは、翻訳知識のある人、もしくはターゲット言語で該当する文書に精通した人に行わせること。
  • 翻訳は言葉のプロ、文書のプロの仕事であるということ。
  • 故に訳文の不明点は翻訳者(翻訳会社)に問い合わせること。相談すること。

理解しやすい例を挙げるならば、例えばあなたの部下達が提出する報告書の文章を思い浮かべて欲しいのです。その文章は意図通りの表現になっていますか?意味は正しく通じていますか?日本語を間違っていませんか?回りくどくて分かりづらかったりしませんか?

我々のネイティブ言語である日本語でさえ、文章品質にバラツキが生まれるのです。もし、これをプロのライターに依頼したらどうでしょうか?きっと意図通りで簡潔明瞭な文章となるでしょう。

言語知識を有する(だけの)人間とプロの翻訳者が行う翻訳の違いは、この例のような違いが生まれると考えていただければ良いと思います。

※ ここまで書いたことを逆にすれば、翻訳会社や翻訳者は、何ができなくてはならないのか?を問うていますね。

さて、この辺りの話。結局は「翻訳に対する一般的認識」の問題に帰結するのでしょう。翻訳に携わる我々は、プロの矜持を持ち、それに恥じぬ仕事をし、顧客に説明していくことを心掛けないといけませんね。その努力が我々の翻訳という仕事の価値を一般に認めていただくことになるのだと思います。