翻訳横丁の裏路地

We can do anything we want to do if we stick to it long enough.

カスタマーエデュケーション以前のお話

1月23日に開催されたJTF翻訳セミナー「翻訳のカスタマーエデュケーションを考える」に登壇してきました。

私が期待したほど、ぶっちゃけ話に繋がる流れにならず、私自身は不完全燃焼だったのですが、会場アンケートを読む限り概ね好評だったようです。

もう、何を話したのか覚えていないのですが、断片的な内容は、Twitterで実況されていましたので、そのまとめを参照してください。

「翻訳のカスタマーエデュケーションを考える」実況ツイートまとめ

何を「カスタマーエデュケーション」するのか?

登壇者それぞれに思いや考えがあると思いますが、さすがに時間が足らず、深い話までたどり着けませんでしたね。

「カスタマーエデュケーション」と、何やら上から目線の耳慣れない言葉で表現しているけれど、これは「顧客との信頼関係作り」のことだと私は考えています。翻訳案件打診から、仕様決め〜納品、アフターケアまでに発生する顧客とのコミュニケーションの中で、顧客の欲するものをどれだけ理解するか。その過程で、1)顧客の要望を実現するため、2)翻訳の質を確保するために、A)必要な情報を引き出し、B)必要な情報を与え、C)ときに翻訳のプロとして顧客認識を正すべく説明して議論し、最終的に手にする翻訳納品物(とそれに付随するサービス)の姿に共通認識を持てるようにすることだと思います。

私は、翻訳のカスタマーエデュケーションはCの部分を指すと考えていますが、セミナーではA、Bに関する議論がメインだったように思います。また、アンケートの回答を読むと同様の印象で、Aさえも満足にできていない翻訳会社があるようです。

どうしても、こういう話を始めると、ごにょごにょと言い訳めいた話が先行し、本来はどうあるべきかが見えないまま、話はお終いという形になりがち。

  • A、Bは製品仕様(翻訳仕様、納品仕様)を確定するため。業界に関係なく、どこでもやっていること。当たり前に行われるべきことなのに、ここに言い訳が出るようでは大問題です。また、そういう意識が必要。
  • Cは翻訳品質を担保するため。翻訳会社が仲介業者ではなく「翻訳」会社である理由がこの部分。顧客要望を聞き、翻訳品質を担保するために出来ること出来ないことを判断して、できる方法をQCDの前提とともに提案する。翻訳認識に誤解があれば、説明して理解を得る。

どちらにしても、顧客に「躊躇」して情報を与えないとか、協議しないという感覚はおかしいです。お客様に誠意を持って接していないのと同じこと(だから信頼関係も生まれない)。

顧客の多くは、そのプロセスを含め「翻訳」を知りません。また「翻訳」に対して間違った認識をしている場合が多いです(というか、そういう前提で考えるべき)。だからこそ、翻訳を熟知した「プロ」である翻訳会社が、顧客の要望を聞き、その条件で手にできる最高の翻訳を実現する手段を考える。前提に無理があるなら、何が問題なのかを伝えて協議する。翻訳として成り立たないなら、説明して認識を改めてもらい、どう対処するか相談する。

例えとして、家を建てることを考えてみましょうか。我々は家の建て方を知りませんね。だから、ハウジングメーカーに頼むわけですが、初めての家、夢が広がります。それが実現可能かどうかは知ったことではありませんよね。こんなことしたいあんなことしたいと考えるでしょう。でも、ハウジングメーカーと話をしていくと、技術的観点やコスト的観点、法律的観点から、何が出来て何が出来ないか説明して知識をつけてくれる。ときには「家」とはこうあるべきだという知恵をつけてくれる。要望に近づけるための提案をしてくれて、相談・協議して、そして仕様が固まっていく。そして、予算に合った満足できる家が最後に出来上がるわけです。もし、ハウジングメーカーが顧客の無理な要望を無理だと説明せず、とにかくそれを満足するために勝手な判断で工程を変えたらどうでしょうか。基礎工事を手抜きしたり建材をケチったりしたら、何が起こるでしょう。見事な欠陥住宅が出来上がることでしょう。「こんな筈じゃなかった」とお客様は怒るでしょう。

我々は、そんな思いを顧客にさせないためにも、「欠陥翻訳」を(世に)出さないためにも、顧客とちゃんとコミュニケーションしないといけませんよね。

プロとして誠意を尽くしても受け入れてもらえないのなら、もはや、お客様ではないと私は考えています。仕事が欲しいばかりに、ここで無理をすると何が起こるのか。それは、自分達の仕事の価値を下げ、翻訳の間違った認識を世に広めることになると思うのです。お互いが不幸になることでしょう。

会場のソースクライアント企業の方から「翻訳だから…と逃げていませんか?」という厳しいコメントがありました。本当にその通りだと思います。このコメントの裏には「翻訳のプロとして、すべきことをやっていないではないか!」というメッセージが含まれていると思います。

自己紹介でこんなことを言いました。過去に取引した翻訳会社との経験や、いろいろなところから私の耳に入ってくる翻訳会社の対応から、上記A、Bがちゃんと出来ている翻訳会社が少ないと感じているからです。まずは自分たちの仕事の価値を定義付け、翻訳を学び、プロとしてどこを譲歩してはならないのかをしっかりと考えて会社の理念とし、末端まで教育していく必要があると考えるからです。

ここから、実況ツイートを追って書いていきます。

顧客の要望が、最初に決めた仕様からずれ始めることを取り上げた場面ですが、聞いていて、とても気持ち悪く感じていました。「仕様は変わるもの」という大前提で、物事を考えていないように受け取りました。仕様は変わるものなのです。ならば、変わったときの取り決めをしっかりしておけば良いだけのこと。もちろん、その頻度も大切。頻度を抑え込みたいならば、最初の仕様決定までに顧客との情報交換を(内容を含め)密にすれば良いですね。

長く翻訳事業をやっていれば、顧客にはタイプがあり、顧客タイプ別に仕様決定上の問題点があるのがわかってくると思います。同じやり方ですべての顧客に対応していれば破綻するのは当たり前ですので、顧客タイプ別に対応を変えて、仕様情報を得るようなアプローチが有効だと思います。

基本的には、最初の仕様決定のプロセスで、すべてを確定させるように仕事を組み立てるべきです。

顧客から仕様とは違う依頼をされ、泣く泣く費用を自分たちで負担して対応する、そんな話だったと思います。仕様になければ、顧客に見積もりを出して費用負担いただく交渉をするでしょうし、仕様に含まれているなら、黙って対応すればよいことです。「グレーなところがある」という意見も聞きますが、なぜ、グレーのままにしているのかの方が問題です。もし、グレーなのであれば、顧客へ説明を行わなかった翻訳会社の責任と捉えて、無償で対応するべきだと思います(もちろん、交渉決裂した場合ですが)。

「属人的」とは、この辺りの判断を担当者にさせているということだと受け取りましたが、「お金と方針」に関わる部分を、担当者任せにするのはまずいのでは?と思いました。「泣き寝入り」という「会社のお金の顧客供与」には敏感であるべきだと思います。

「素直に話せる環境・関係」はよく言われますが、これは単純に「甘え」だと思います。仕様決定の主導権を顧客が持っているという誤解があるのかもしれません。

これはクライアント企業の方が仰った言葉ですが、私も同じ考えです。Qを基準としてCDを調整する。「Qはどう規定するのか」という質問がありましたが、これは裏返せば、規定するのが難しいということですよね。品質の中で基準が明確なものを規定する上では、「JTF翻訳品質評価ガイドライン」がひとつの指標に使えると思います。ただ、翻訳本来の品質を規定するのには使えませんから、そこの部分は「ミスなし」を基準とするしかないのでしょう。(もっと細かな話が絡みますが、ここでは大幅に端折ります(笑))

顧客を選びましょう・・・という話をしたのです。現場の本音がそうなのに、社内でそうなっていないのは、会社の理念がそうであるということです。まずは「売上」と「利益」であるということなのでしょう。前述したとおり、翻訳会社として何をプロの矜持とするのか、何を理念とするかでこの辺りの考え方は変わってきて当然ですね。経営陣を交えて、社内で議論してみると良いと思います。

顧客から工程を抜けと言われて素直に従っているわけではないでしょうが、完成する翻訳物の品質についてちゃんと顧客と合意がとれるのかといえば、まず、無理でしょう。上で「品質を規定するのが難しい」と言っているのですから、翻訳会社自身、できないと考えているわけです。現実的には「どんな品質でも良い」と勝手に翻訳会社側が判断して仕事を請け、顧客と揉めているのだと思います。

品質を規定できない以上、「ミスのないもの」を規定とするしか方法はないと思います。その前提で、顧客の意図を理解して対応するしかありません。納期短縮やコスト削減が目的でしょうから、そこの意図をくみ取ってできうる工程を設定することになります。

「翻訳会社の工程設定ミスだ」と発言したのは私ですが、その背景には次のような考え方がベースにあります。

翻訳会社は、翻訳物の品質保証のために必要な社内工程を設定しています。仮に、QA工程を抜くとした場合、そこで保証されている品質を、何かの代替策で保証することを考えないといけません。通常、一次翻訳の質は大きくばらつくという前提で、校閲・校正、QAの工程が盛り込まれ、その工程でやるべきことが決められています。ここで時間短縮するには、後者の工程が不要となるような高い品質の一次翻訳ができる翻訳者に仕事を依頼し、QAは形式チェックだけといった工程を設定するわけです。単価の高い翻訳者へ依頼することになりますが、削減される社内工数を考えれば十分にペイするはずです。

基本的に(経験的に)「質を下げてもいいから」という顧客の言葉は、信用しないことです。

「言い切れない」とは関係者(社内)向けの発言のようです。社外的には「ありません」と断言していると信じます。ただ、言えない理由が「顧客の好み」というのはおかしな話です。人の好みは仕様にできません。用語であれば用語集でカバーできます。表現もある程度、参考資料でカバーできますが100%保証はできません。つまり、通常の翻訳案件で、好みや恣意的なものは保証できないので、顧客にしっかりと説明して理解していただく必要があるのです。つまり、仕様外なのですから「ミス」ではありません。

もちろん、そういったものも保証するビジネスモデルもあります。その場合は、それらの修正工数を予め盛り込んだ商品として見積もりを交わし、受託することになります。

こんな発言が出たのですが、違いますよね。「示してほしい」ではなく、「顧客に聞きなさい」です。なぜ、意識面で他力本願なのか、理解できないところです。顧客に依存すべところではないですよね。

以上、補足したいところだけ掻い摘まんで書いてみました。

もちろん、これは私の考え方であり、実践していることですので、誰にでも当てはまることではありません。その辺りは含み入れてお読みください。

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作成者: Terry Saito

二足の草鞋を履く実務翻訳者です。 詳細は、以下のURLよりどうぞ。 https://terrysaito.com/about/

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