翻訳横丁の裏路地

We can do anything we want to do if we stick to it long enough.


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相手の「勝手」に動じない

世の中、翻訳エージェントは規模の大小に関係なくたくさんあるわけですが、それ故に翻訳者に対するエージェントの対応も様々で、それが翻訳者さん達を翻弄している現実があるようです。

取引実績もなく登録もしていないエージェントから突然の緊急案件打診と即返信を促すメールを受け取ったとか、取引するか否かを検討している段階のエージェントから契約書を送り付けられるとか、概ねビジネスルールを無視した一方的なエージェントの対応に、翻訳者側がドギマギしている話を、この一週間、耳に入ってきました。

本来のあるべき姿が分からない。だからどう対応すべきか判断できずに悶々とする。よく分かる心理なのですが、もっとビジネスとして割り切って思考する事が大切だと思います(個人事業主なのですから)。

双方の合意が形成されていない相手側の一方的な行為に対して、決して動じる必要はないです。冷静にビジネスにおける自己の判断基準に照らし合わせて行動を決める癖をつける事が大切。多分、その判断基準を持っていなかったり、考えた事もなかったりするのが現実なのかもしれませんね。でも、それではダメですよ(個人事業主なのですから(笑))。

発注者、受注者という力関係をすぐ意識してしまう方が多いですが、基本は対等な立場です。そこを間違えると、この先、そんなエージェントとばかり取引することになってしまいます。仕事をして相互に利益を得られるWin-Winな関係を築けるエージェントと巡り会い、良い仕事をするためには、そこの考え方をしっかりと心に据える必要があると思います。

よく考えて欲しいのです。あなたはどんなエージェントと仕事をしたいですか?

その答えから、先に挙げたエージェントの対応を判断すれば、相手が取るに足りるエージェントなのか、どういう反応をすべきなのかが自ずと分かると思うのです。

お友達シリーズ的な意識と自分の甘えは捨てて、ビジネス然とした意識で物事を見て欲しいものだと思いました。


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手でやった方が本当に速いの?

仕事柄、MS Office製品のVBAマクロや、AutoHotKey によるマクロを少しづつ作っては利用しているが、目的の多くは「業務の効率化」。手間の掛かる作業を自動化する事で、今まで掛かっていた時間を他の作業に振り当てる事を目標にしている。

当然、ひとりで使用するだけでなく、同じ仕事をする人達に使って貰いたいので汎用性を持たせて作る訳だが、完成したものを「これ、使ってみて」とデモしながら説明すると、「手でやるからいいです〜」と言う反応をする人にたまに遭遇する。

理由がよく分からないが、手でやった方が速いと思っている節があるのと、ITに一種のアレルギーを持っている人に多いようである。もしくはそういう事を面倒臭がってる。

仕事を効率化するには、日頃から自分の業務フローを良く把握し、どこに無駄があるかを考える癖が大切で、改善できるものは試してみる姿勢が必要。なのに、頭から否定しては効率化なんて出来る訳がない。

時間を切り詰めると言う行為が、何か精神面で弊害があるかの如く言う人も見掛けるのだが、そういう感覚的な問題ではなく、時間という限られたリソースをどう本来やりたい事へ差し向けるかと言う話。自動化できるものは可能な限り自動化し、そんな生産性の低い作業に費やしていた時間を、もっと生産性の高い作業に思う存分振り当てる。そういう意識と認識を持って効率化に取り組むことが大切だと思う。


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暇つぶし

今朝、通勤電車で隣の席に座った五十代と思わしきサラリーマンが、iPad miniを片手にカードゲームをずっと楽しんでいた。その姿を横目で見ながら、『長い通勤時間を潰すのにiPad miniを買ったのかな?』などと、他人事だからほっとけよ!と言うような事に思いを巡らしていた。

そこで、ふと思ったのです。

「暇つぶし」…時々、耳にする言葉だし、昔は良く使っていた記憶がある。でも、最近はどうだろう?と。

私の中では、最近はほとんど使わない言葉です。よく考えてみると、手持ち無沙汰で潰さなくてはならないような時間なんて、最近、ない気がする。勿論、積極的に「何もしない」時間を作る事はあるけれど、それは「潰す」対象とはちょっと違う。毎日、隙間時間をどう見つけて、そこにやりたい事を突っ込むか、そんな事を当たり前のように意識している自分がいる。

そして、その言葉をよく使っていたであろう若かりし日を思い起こし、「なんと無駄な時間の使い方をしてきたのだろうか」と自責の念に駆られるのでした。

今の私の意識面では、「時間を潰す」という言葉の意味を考えた時、それがとても「悪」な事で「無駄」な事で「勿体無い」事のようにしか感じられないのです。年齢のせいもあると思います。でも、時間に対する概念が、若かりし頃と明らかに違うのが一番大きい。潤沢に水を湛えた湖も、歳と共に枯れようとしている事への焦りもある。水の流れる先が増えた事もある。比例して自分に使える水が限られてきた事もある。やりたい事が増えた事もある。やりたい事がハッキリしてきた事もある。

そんな想いの中、気を付けていること。漠然と実行していること。それは…

やりたいと思ったら、まず、やってしまえ!

という事。考えるより実行。その結果からその先の継続を判断すればいい。条件が合うなら、やってしまおう…そんな風に考えてる。「想像」は「経験」を越えられないからね。自分の人生観の肥やしにもなる。