「ポカミス」「凡ミス」と言う言葉は、製造業に関わる方には馴染みのある言葉だと思います。いわゆる人間が起こしてしまうヒューマンエラーを「作業ミス」と「ポカミス」(凡ミス)に分類して管理しています。それぞれのミスにはその発生要因から特徴があり、それにあった対策を取って行く。そう言った品質活動が、製造の現場では行われています。
さて、これを翻訳に置き換えて考えてみました。まず、翻訳に関わるヒューマンエラーには、どのようなものがあるでしょうか?
以下に気がつくままに列記してみます。
訳抜け
誤訳
数字・記号の転記ミス
スペルミス
文法ミス
覚書、メモの削除忘れ
スタイルガイドの適用ミス
フォントの設定ミス
全角・半角の適用ミス
用語・定形訳の適用忘れ
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私が製造現場で仕事に従事していた頃(二十数年前)の「ポカミス」(凡ミス)とは、以下のように定義されていました。
ポカミス(凡ミス):作業忘れ、逆付け、種類違い
つまり、「忘れ」や「間違い」が凡ミスになります。これをベースに上記の翻訳におけるミスを「翻訳ミス」と「凡ミス」に分類し、それぞれについて考えられる対策を対策強度順に並べてみると、以下のようになります。(あくまでも私の主観によります)
この表は、今年初めに行った WildLight セミナーでも簡単に紹介し、説明したものです。黄色セルが対策として効果ありという意味です。
「誤訳」や「文法ミス」は、翻訳者の能力・知識不足により発生する場合もあるため、あまり有効な対策が思い付きません。翻訳経験者によるダブルチェックが有効だと思います。こればかりは、翻訳者個人が地道な努力と学習をしていく事しかないでしょう。
それ以外のミスは、うっかりミスに類するものと思います。翻訳の分からない顧客でも、こういう明白なミスは指摘できるので、流出させてしまうと「翻訳の質が悪い」というレッテルを貼られてしまう可能性が高くなります。従って、徹底的に撲滅したいものです。考えられる対策を上表の(1)~(6)のように考えてみました。これらを以下に説明します。
- 気を付ける
これは対策ではありません。必ず再発します。対策を求められて「気を付けます」は、何もしませんというのと同じ事です。製造業においては「気を付けます」は対策として認めず、以下の対策の何かを必ず実施する事を求めるようなやり方をしているようです。 - コピペ・上書き
最初からミスを出さないというアプローチの対策です。訳抜け、転記ミスを防止する上で有効です。上書き翻訳はこの対策の1つです。 - セルフWチェック
これは、同じフィルターを掛けているだけですので、見過ごしによるミスの数は減るものの、ミスは流失します。製造業の世界では、チェックという関所をどれだけ設けても、ミスは流出するというのが一般的な考え方です。 - 他者Wチェック
目の違うフィルターを掛けるという意味では、検出されるミスの数と種類が変わり、効果があります。 - Easy to notice
チェックのポイントを絞り、目立たせて検出し易くします。また、検査力を集中します。個人翻訳者が自分の翻訳物をチェックする場合、他人にチェックをお願いするというルーチンを組める人は稀ではないかと思います。従って、Easy to notice の方法は、自分完結で実施できるチェック方法で、ミスの流出をかなり防止できます。 - 機械化
実現できるならば、ミス流出防止には完璧な方法。全て機械に検出させ、間違いを指摘させる方法です。実用レベルにあるものがどんどん登場しているようですが、まだ完璧と言う域には達していないと思います。
拙作のワードマクロ「WildLight」は、この表の「Easy to notice」対策を行う為に開発したものです。例えば、数の転記ミスチェック、スペルの正しいスペルミス、日本語スタイルガイドチェック、簡易英文法チェック、技術翻訳における英文チェック、全角半角混入チェック、用語集適用チェックなどに使用しています。
先にも述べましたが、「凡ミス」は翻訳を知らない人にも認識できるミスで、誰でもそれがミスだと明確にわかるものです。それ故に、その指摘内容から翻訳全体の質が悪いと捉えられ、翻訳者としての評価にも大きく影響してしまいます。どんなに素晴らしい訳文が書かれていても、そういう印象を顧客に残してしまいます。したがって、このような凡ミスは徹底的に潰す努力が必要だと考えています。少々ざっくりとした対策案を述べましたが、自分が実行可能で効果の高い対策を編みだして実行される事を強くお勧めします。その方法が私にとっては WildLight の開発と使用だったという事です。
最後に、私個人的な考えですが「機械化」、つまり自動的に問題を検出するようなシステムは、チェックする側の能力に依存し、チェックする者によってチェックレベルがばらつくような環境にある翻訳会社では必要だと考えています。しかし、翻訳者には向かないのではないかと考えています。それは翻訳者という視点で考えた場合、システムが検出するからという依存を産み、勘を鈍らせると思うからです。経験や知識がない人間でも、ある一定レベルでチェックし検出を可能にするシステムは、発展途上にある翻訳者の能力伸長を阻害すると考えるからです。以前から継続して言っているように、道具は良くその特性を理解し、自分のコントロール下に置いて使用したいものです。