翻訳横丁の裏路地

We can do anything we want to do if we stick to it long enough.

置換は翻訳にあらず

言葉を仕事にする人間として誠に恥ずべき事ではありますが、今まであまり意識をすることなく「置換翻訳」なる言葉を間違って使っていました。この場を借りまして、翻訳関係者の皆様には深くお詫び申し上げます(笑)

「何をいまさら、そんな当たり前のことを?」
と、タイトルをご覧になった方は思ったことでしょう。

最近、「またかよ…」と思うような出来事があったのです。以前、翻訳会社から納品されたある技術文書の英訳品をチェックした際、あまりに出来が酷く、ツールを使った置換を利用したと推測されるものでかなりイラつきながら訳し直しをしたのを覚えています。今回は特許翻訳の和訳品で、品詞に関係なく置換されており日本語として成立していない。こんなものを平気で納品してくる翻訳会社も問題ですが、それ以前に置換した結果に見直しさえ掛けないで翻訳会社へ納品した翻訳者の問題が大きい。

つまり「何をいまさら、そんなの当たり前」と思っていない翻訳者が多少なり存在し、置換したものを見直しせずにツールの出力結果を鵜呑みにする思考を持って商業翻訳に従事している人が、少なからず存在しそうなので、敢えてこんなタイトルで記事を書いてみることにしました。

私個人的には、置換を利用する場合、固有名詞だけにせよと話をし続けているのですが、世の中には品詞に関係なく置換している人がいると聞きます。上記のふたつの例は、まさしくそういった置換をしているものですね。

置換は翻訳ではない

怒りにまかせてFBに書き込みをしたら、ある方から「置換は省入力であって、決して省翻訳であってはならない」という趣旨のお言葉を貰いました。ど真ん中貫いた簡潔な言葉に、私は痛く感動しました。そして冒頭のような反省をした次第です。

翻訳事典2017年度版の巻頭記事「わたしの提言」の中で、井口耕二さんがこんな事を書かれています。

どのようなツールにも功罪両面がありますが、罪の方は聞こえてこないものです。

不適切なツールを導入すれば、翻訳者としての基礎が崩れてしまうこともあります。

置換ツールに絞って考えれば、翻訳をする上で適切な使い方というものがあり、それを越えたところで使用した場合、「害」が発生する。上述した例は明らかなツールの使い方の間違いですが、翻訳者はそれを認識していないようだし、ツールの出力結果をあたかも鵜呑みにしているが如く見直しもされていない感じです。これは、ツールを利用したときの効率ばかりが聞こえていて、ツールを利用したときの「害」をまったく認識しないで(もしくは無視して)導入しているのではないかと想像されます。また、納品されたような訳文を「善し」と判断している時点で、翻訳者としての技量に大きな疑問を持つわけですが、そういう認識にさせる一因に、こういうツールの使い方が多少なりとも関係しているのではないかと考えています。

「それは使っている翻訳者の問題」という意見もあります。ツール開発者がそこまで想定しているかという問題もあります。でも、電化製品を想定外使用して火災になり人命に影響する…に類する知識と情報は、必要だと思うのです。利点も言えば欠点も言う。「使い方によっては、あなたの翻訳者としての能力伸長を阻害しますよ」みたいな情報も、やはりあるべきだと思うのです。私もWildLightなどのツールを開発している立場ですが、そういったツールの翻訳における正しい使い方(間違った使い方)を、明確にしておく責任があると感じました。

置換は単なる「省入力」。置換により入力されたものは、ちゃんと翻訳として問題ないかを検証しなくてはなりません。置換で翻訳が完了することは絶対あり得ず、故に全文を通したチェックの中で問題を拾い修正する行為が絶対に入ります。

もし、置換ツールを含め翻訳支援ツールを使用しているのでしたら、今一度、ツールを使用する目的は何か、その目的に合致した使い方をしているか、ツールを使用する事による害は何かを再検討/再認識して、正しい使い方に是正する機会にして貰えたらと思います。

作成者: Terry Saito

二足の草鞋を履く実務翻訳者です。某社で翻訳コーディネーター、社内翻訳者をやっていました。 詳細は、以下のURLよりどうぞ。 https://terrysaito.com/about/

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