翻訳横丁の裏路地

We can do anything we want to do if we stick to it long enough.

翻訳会社の品質責任

翻訳者は翻訳会社の指示に従って翻訳を行い、翻訳物を翻訳会社に納品する。翻訳会社では翻訳物をチェッカーが確認し、必要に応じて修正や再翻訳を行って顧客に納品する。

ザッと書くと、こんな流れで仕事は進んでいますよね。少し品質的視点に立ち、言葉を補って書いてみると、次のようになります。

翻訳会社は、顧客との間で合意した仕様に基づいて、要求された品質が保証できる工程を設定し、その設定に基づいて、翻訳者に必要な指示を行う。翻訳者はその指示に従い自らが持つ専門知識を基に翻訳を行い、そして翻訳物を納品する。翻訳会社では顧客と合意した仕様に基づき、文書種類、分野、翻訳の専門知識を有するチェッカーが翻訳物をチェックし、齟齬があれば修正や再翻訳を行う。そして、顧客に納品する。

こんな感じでしょうか?

これはどういうことかというと、顧客に渡る翻訳物の品質は、翻訳者単独で守られているわけではないということで、チェッカーを含めた複数の工程が組み合わさって成立しているということです。

え?なに当たり前のことをいってるのって?

では、顧客に対する翻訳品質の責任は誰が持っているのでしょうか?

そう、翻訳会社です。翻訳者は単に工程の一部であり、他の工程を経ることで初めて質が担保される(ように工程設定されている)からです。

したがって、顧客からクレームがくると、翻訳会社は仕様に照らし合わせてどうか、翻訳としてどうかを自ら判断して顧客へ回答します。翻訳について疑問点や確認事項がない限り、翻訳者へ問合せすることは、まずありません。翻訳者には、例えば「この表現は、このような意味に解釈される可能性があると思うが、どう判断されるか?」とか「顧客よりこのような用語の使用を提案された。弊社で調べた限り、原稿の文書分野として顧客の提案する用語は不適切であると思うが、どう判断されるか?」といった類の相談をする程度です。

あれ?おかしいですか?現実と違っていますか?

そう、違ってるケースを良く耳にしますね。例えば、顧客からの問合せを翻訳会社が何も判断せずに翻訳者へ丸投げし、翻訳者の回答をそのまま顧客に返しているとか、翻訳会社のチェッカーが修正した訳文なのに、翻訳者へ問合せしたりクレームをつけるとか、まるで翻訳会社が責任放棄したような対応をしていたり、翻訳会社自身が自分たちのやっていることをよく理解せず、自分たちの責任なのに恥じることもなく翻訳者へ問合せたり、そんな事例の相談を数多く受けています。

原因は、翻訳会社の担当者(営業やコーディネーター)が、責任範疇を正しく理解していないためだろうと想像しています。企業内教育が十分にされていないということになりますね。(いや、もしかすると、そういう認識自体を会社が持っていない可能性もあります。)

私が発注側に立ったときには、翻訳会社に「会社としての見解」を問い質すようにしています。それは「翻訳者が…」とか「納期が…」といった言葉を言い訳の常套句に使い、自分たちの責任を認識していないような発言をする翻訳会社が少なからずあるからです。翻訳会社は翻訳のプロですので、プロの認識と見解を知ることは、その後の取引継続を判断する上で大切です。

この辺りのプロ意識の有無は、良い翻訳会社を選ぶときのひとつの基準だと考えています。翻訳発注企業は、翻訳の品質に問題や疑問点を見つけたら「翻訳としての良否判断を、根拠に基づいて説明する」ように翻訳会社へ依頼してみると良いでしょう。

逆に私が受注側(翻訳会社)に立った場合は、クライアントには常に会社としての見解を伝えるという意識で対応しています(当たり前ですが)。納品後のクレームに対して、翻訳の良否判断も代替案検討も、もちろん自分たちで行って回答します(当たり前ですが)。「翻訳者がこう言ってます」ではなく「我々はこう判断します」です(当たり前ですが)。したがって、翻訳者への問い合わせは、翻訳内容に質問がない限りしません。

翻訳会社が翻訳者へ問合せる内容は、翻訳会社の考え方を判断する上で役立ちます。翻訳会社を選別する際の判断材料にすると良いでしょう。


翻訳物の品質を保証するために、どのような工程を組むのかは翻訳会社によりさまざまです。また、翻訳者の担うべきものとチェッカーの担うべきものをどのように定義付けるかも、その会社が設定する工程次第です。

では、一般的にはどうなのかですが、翻訳チェックを例に考えると、翻訳者とチェッカーの関係は「翻訳者⊂チェッカー」です。翻訳会社が保証すべき品質は、チェッカーが最終的に担保するような工程が組まれているのではないかと思います。

もちろん、そうではない翻訳会社もあります。例えば、翻訳者がやっているチェックをチェッカーが重複して行うのは無駄であるという言い方をする翻訳会社経営者もいます。つまり「翻訳者≠チェッカー」ですね。もちろん、そういう考え方も有りです。その場合、翻訳者の行う翻訳チェックが、そのまま会社の保証する品質になるわけですので、会社として翻訳者が行う翻訳チェック内容と基準、そしてその精度を何らかの方法で社内的に保証する必要が出てきます。社内翻訳者が相手なら、まだ管理の仕方もあるでしょうが、フリーランス翻訳者を相手にこれは相当厄介です。

この辺りの認識の違いが、顧客に対する発言や翻訳者に対する発言の差として現れてくるのだと思います。機会があれば、翻訳会社に翻訳者のチェックとチェッカーのチェックの差を質問してみると面白いと思いますよ。

作成者: Terry Saito

某社翻訳部門の中の人です。 詳細は、以下のURLよりどうぞ。 https://terrysaito.com/about/

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