翻訳横丁の裏路地

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MTPEをどう捉えるのか? – 「翻訳者視点で機械翻訳を語る会」を終えて

2件のコメント

1月14日に開催した「翻訳者視点で機械翻訳を語る会」は、参加者募集を開始した当日に50席が満席となり、追加した7席も2分で埋まるなど、機械翻訳への関心の高さが伺えました。

会の様子は、実況ツイートのまとめが公開されていますので、そちらを御覧ください。

20190114「翻訳者視点で機械翻訳を語る会」関連ツイートまとめ
https://togetter.com/li/1308905

ここでは、私が受け持った「工数トーク」の補足と、会を通じて感じたことや考えたことを記したいと思います。

工数トーク

20190114工数トーク資料

「工数トーク」では、この図を使い、翻訳の流れを大まかに分類してお話をしました。もちろん、こんな形に明確に区切れるものではありませんが、工数という視点で機械翻訳+ポストエディティング(MTPE)と人間翻訳を比較するために、あえてこのような表現にしています。前提としたのは(翻訳者が目指す)「ちゃんとした翻訳を作る」こと。その前提で考えると、どうもMTPEの方が、人間が翻訳するより工数が(時間が)掛かりそうだということは理解できたと思います。

でも、実際のMTPEは、こんな流れで仕事をしていないのでは?

そのとおりですね。ポストエディット作業は、担保する品質レベルによって種類が分かれ、その定義も会社によってまちまちのようです。それに伴ってやられない作業もさまざまで、例えば、原稿を見なくて良い、論理的矛盾は無視、用語の揺れは無視、などでしょうか。上の図でいえば1と2、それに3の一部を無くした形です。

今回「ちゃんとした翻訳」を前提として説明した理由は、MTPEで工数削減になる(コストを抑えられる)のは、何を省いているからなのか、品質の何を妥協しているからなのか、を分かりやすくするためです。某所でMTPEのメリットとして「タイピングの時間が改善される」という話がされたようですが、全体からみれば大した改善ではなく、むしろ校閲・校正に掛かる工数が増加するので、メリットにはならないのではないかといった判断がしやすくなるはずです。

ポストエディット作業の定義の一例として、Wikipediaの記述があります。(https://en.m.wikipedia.org/wiki/Postediting)

Light post-editing aims at making the output simply understandable; full post-editing at making it also stylistically appropriate.

ライトとフルの2種類があるようですが、それぞれの説明から具体的に何をどこまで品質的に許容するのかははっきりしません。少なくとも分かるのは、求められる品質の基準を下げ、本来行っていたことをやらずに工数を下げているということです。(それでコスト的メリットを出している)

工数トークのポイントは「本来の翻訳の質を担保しようとすれば、人間翻訳よりMTPEの方が時間が掛かる」ということと「MTPEの工数が小さいのは、品質基準を下げているからである」という2つだと思います。

私個人的にずっと検証したいと考えていることのひとつに「翻訳会社のPE単価は工数的に妥当なのか?」ということです。耳にしているPE単価から推測すると、どうも工数と相関が取れない。私の勝手な推測では、物理的作業だけを工数と考え、思考時間を考慮していない(か見積りが甘い)、もしくは、品質基準を下げたことで無くせる作業の判断が正しくない、のいずれかだろうと思います。本当のところは、工数はまったく関係なく、機械翻訳導入を盾に単に単価下げしているだけと考えるのは、行き過ぎでしょうか?

会を通じで感じたこと

まず、この会の目的は、翻訳者が集まって機械翻訳を否定/批判するような不毛な議論をするために集まったのではなく、我々の仕事で関わる機会が増えてきた機械翻訳+PEについて、翻訳のプロとして正しい知識と認識を持ち、今後の対応をそれぞれが考える機会にすることでした。

この会では、概ね以下の3つがポイントだったと思います。

  1. MTPEではB級品以下の翻訳物しか(理論上)作れない。
  2. PE作業は、翻訳者の翻訳力、言語運用能力を低下させる。
  3. 本来の翻訳では、人間翻訳よりMTPEの方が工数が掛かる(コスト高になる)

会の最後に「みんなでディスカッション」をしました。会場から出されたコメントの一部を以下に記しておきます。一部表現を変えていますが、趣旨は合せているつもりです。

出されたコメントは、まさしく現場の声ですね。何が起きているのかを垣間見ることができます。実際にMTPEを経験されている方たちの話には、いろいろと考えさせられます。翻訳会社によって機械翻訳の出力の取扱いも違うようですし、単価の考え方も違っているようです。

これらのコメントを聞いて私が思ったのは「翻訳業界あぶないぞ」ということ。業界に入ってくる新人翻訳者や経験の浅い翻訳者が、翻訳会社の言うがままにPE作業をする可能性はとても高い。そして、低単価で食べていけず、翻訳業界から去って行く人も出てくるだろうし、踏ん張って残っていても翻訳力がなかなか上がらず、勉強のための時間を捻出する余裕もないという状況になるのでしょう。業界的に見れば、良い翻訳者が育たない土壌をMTPEで作ってしまうことになるのではないでしょうか。それは自分で自分の首を絞めるのと同じこと。CAT導入が進んだ時より、もっと傷が深くなるかもしれません。

【会場から出されたコメントまとめ】

  • 「ちゃんとした翻訳を出す」という前提で工数の話をされたが、MTPEの利用に意味があると言っている人たちは、その前提が違うと言っている。そこを目標としていない。真っ当な翻訳を出せるレベルに至っていない翻訳者が、比較的簡単な文章を訳す場合、いちから翻訳するよりMTPEを使った方が早く、かつ彼らが自分で翻訳するより質が良いものになる。これをプロの翻訳者に依頼すると時間が掛かってしまう。なので、PEをプロの翻訳者にやって貰うのではなく、プロになる以前の人たちにやって貰えば、それなりの品質の翻訳を出せるようになる。だからMTPEは使えるという話しになっている。つまり、そこで話が噛み合わない。
  • そのレベルの翻訳案件を前提としてMTPEを使うと言っているのに実際はそうはなっていない。売り上げをあげるために、そうではないレベルのものに使い始めている。CATツールが使われ始めたときに起きたことと同じことが起きつつあり、この先、早い段階でそうなるだろうと思われる。
  • そこにズレがあることが問題なのだが、今日の話の内容とMTPEを推進している人たちの主張とは、前提が違っていることから、すれ違って話は終わり、となるのではないかと思う。
  • どんなツールにもある程度のメリットがある。目的に合ったツールの使い方をすることでメリットが得られるのは事実だが、現実問題として「お金」の力で動くことが多く「うちはこういうやり方をしている」とMTPEを宣伝文句として使い、「だから安くできます。当社へ発注を」という流れで、目的に合わない使い方へ流れている。CATツール導入時も、そんなことになるよと警鐘を鳴らしたが、初期に使っていた人たちはそんなことにならないと言っていた。でも、今でははっきりとそちらに流れている。MTPEは、もっと速いスピードでそうなるだろうと思う。
  • PEでは良い翻訳者が育たない
  • ある分野の翻訳者ご夫婦。機械翻訳が入り込み単価下落が止まらない。収入が減少し、業界の将来はないと判断して、他の業界へ転職を決意された。この状況から、翻訳者がどんどんと減っていくのではないかと懸念する。
  • 翻訳会社は翻訳者が潰れても別に構わないと思っているはず。例え五万人が四万人になっても、その四万人で利益が出せるならばそれでいいのだから、翻訳会社は困らない。
  • MTPEが入ってきているのに、それに手を出さなければ置いて行かれると考えている翻訳会社やクライアント企業が多いはず。
  • 全体のレベルが落ちてしまえば、何処に出しても同じだということになる。
  • まさしく負のスパイラル状態で、CAT導入に次ぐ2度目の急激な負のスパイラルが起きそうな状況に危機感を持っている。
  • ある翻訳会社と取引しているが、MTが組み込まれたCATツールが導入され、単価が半分になった。今日の話では翻訳スピードが落ちるのではないかとあったが、私の場合は速くなった。断るか継続するかについては、今のところ断ることを考えていない。品質的には、翻訳会社から断られていないので問題ないと考えている。翻訳スピードを2倍に上げて収入を確保しようとしている。MTPEで処理量が倍になるということは、必要となる翻訳者の数が半分となるわけだが、これは致し方ないことと思う。生き残るには何がキーワードかと考えると、自分の場合は「スピード」。そして品質は「適当」。翻訳会社が受け容れられるレベル。それがどういうレベルかは私には判断できない。紹介のあったフローの3番目(校閲・校正)に関しては、機械翻訳の出力は不充分でミスが多いが、そういう時こそ自前のCATツールを役立てている。基本的に似たような傾向で機械翻訳は間違えるので、そこに適用できる。また、何を言っているのか分からないような出力は、手間が掛かるが原文を分割すれば、割と良い出力になる。自分で極力タイピングをしない工夫をして、時間を短くしている。どうやって時短するかが自分にとっては切実な問題。
  • スピード競争になると、ここから先は結構厳しくなると思う。手が荒れてくるので、どこかのポイントで「貴方の仕事ではもう結構です」という話になり、依頼がこなくなるようなことになりかねない。
  • 生活することも大切ですが、スピードの追求だけだと、いずれパタリと依頼が無くなるような事が起こる。実際にある話。スピードアップはツールを使うなど比較的簡単に行える。しかし、質の向上は何年も掛かる。次に新しいテクノロジーが来たとき、速度だけに注目していては簡単に淘汰されてしまう。
  • 現在取引している翻訳会社の依頼へ対応する目的だけで、自分のスタイルを変えるというのは、避けた方が良い。
  • 稼働時間が長いのも年齢とともにキツくなる。継続性の問題もある。
  • 現状MTPEは、顧客の求める品質が低い案件に適用されており、それは将来機械に取って代わられる可能性をはらんでいる。今のようにスピードを上げて長時間稼働するのも年齢とともにキツくなるので、今後生活をするためにも、今の仕事を続けつつ、違うセグメントの仕事を得られるような準備(学習)も行った方が良いと思う。
  • 10年の経験を持つ個人翻訳者だが、MTPEに関わった経験をお話しする。以前、機械翻訳の出力が入った状態の原文を渡すので参考にして欲しいと渡された。別料金を払われるワケではないので、無視でも良いという指示だった。とても使いものにならないレベルだったので、完全に無視して新規翻訳して満額貰っていた。その後、機械翻訳が進化したとのことで、PEとして依頼された。まだ検討段階ということで、単価は通常の翻訳単価より若干低い程度だった。断ることも出来たがMTPEの時代の波が来ると思い、試しに受けてみた。CATのようにセグメントに分割された形で原稿を受け取ったが、修正しなくて良いセグメントはURLのみだった。他はすべて手を入れた。全文書き直しというワケではないが固有名詞がそのまま使えるといった感じで、若干入力の手間は省けるが、そんなに楽にはならなかった。
  • レートが削られるという心理的負担があり、工数を削らないと割に合わないという心理が働いた。なので、機械の出力が使えるか?という判断から思考が始まる。通常の翻訳であれば原文をザッと見て、頭に描いた画を再現するためにゼロから訳文を書くという頭の使い方になるが、MTPEの場合はそうではなく、イケてない機械翻訳の出力をまず見て、使えるか否かの判断から始まる。その脳みその使い方が馴染めず、またスピード感もなかった。弦の狂った弦楽器で演奏を聴かされているような、目眩を起こしそうな精神的負担を感じた。
  • 工数を削ろうとすると何が起こるか、自分では絶対書かないレベルの訳でも顧客がOKしそうなものは手をつけず通してしまう。最後にできあがったものを見たとき、これはギャラを貰えるが最高品質のものを出せているかといえば、そうはなっていない。
  • 品質を積み上げることで次の案件がくると考えると、MTPEで積み上げた結果を見て、MTPEだからということで考慮されるかどうかだが、多分考慮されない。イケてない実績を残すリスクを感じる。
  • 訳文がいけているかどうかを判断することに脳みそのリソースが取られてしまい、最初から翻訳するときの頭に直ぐに戻せない。
  • 今後、MTPEの仕事を請けるかどうかは慎重になるというのが結論。
  • その後、今度こそ使えるMTが出来たということからPEの依頼が来た。交渉もなく一斉に単価が3/4に落とされた。自分は請けなかった。その後、聞いた話では、その時に請けた人たちは、さらに単価を下げられたようだ。
  • 翻訳会社と翻訳者の間では感覚に隔たりがあり、翻訳会社は工数の中でスピードばかりを打ち出してくる。スピードがこれくらいになるから単価はこれくらいが妥当という論法である。翻訳者の見ているのは、いけてない訳文を見続けることの負担など。
  • MTPE案件を断った際、今後、依頼する分量が減ると翻訳会社に言われた。だが、実際は減っていない。ただし、依頼される案件の内容が狭くなった。マニュアル系が減り、マーケティング的なものが増えた。
  • 私は個人翻訳者だが、最近PEの仕事を貰った。翻訳会社から言われたのは工数(スピード)で、それに伴って単価が下げられた。実案件を見ると機械翻訳出力に原文単語がそのまま残っていた。これをPE案件として依頼するんだ?と驚いた。結局、いちから翻訳をして納めた。ただ、翻訳会社が、この翻訳物をソースクライアントへMTPEであるとして納めているとしたならば、ソークラが勘違いを起こすリスクを感じた。なので、MTPEを請ける場合は、気をつける必要があると思った。
  • 3つ観点から経験談をシェアする。ツール開発の関係上、翻訳会社と付き合いがあるが、機械翻訳を導入したいとする理由は、ソースクライアントから機械翻訳でという指定があったり、クライアントが自分たちで行った機械翻訳の出力をチェックしてくれという依頼が来ていることが背景にある。他社が使っているので使うという会社もある。
  • PEを請けたが、非常に大変。メモリーがないので大変。顧客側に非常に期待感がある。質に対してソークラと、どこまでやるべきかを決めることが大切だと思う。
  • ツール開発者として感じているのは、NMTはそのままでは使えない。一方で使える部分もある。使える前提を決めて利用するよう導いている。

 

作成者: Terry Saito

二足の草鞋を履く実務翻訳者です。某社で翻訳コーディネーター、社内翻訳者をやっていました。 詳細は、以下のURLよりどうぞ。 https://terrysaito.com/about/

MTPEをどう捉えるのか? – 「翻訳者視点で機械翻訳を語る会」を終えて」への2件のフィードバック

  1. ピンバック: 翻訳事典 2019-2020 | 翻訳横丁の裏路地

  2. ピンバック: ニューラル機械翻訳の便益はどこへ向かうか | Koujou Blog

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