翻訳横丁の裏路地

We can do anything we want to do if we stick to it long enough.


JTF日本語標準スタイルガイドが公開されています

少し古い情報になりますが、昨年の日本翻訳連盟(JTF)翻訳祭の出席記事で紹介した「日本語標準スタイルガイド」が、JTFのホームページで公開されています。

 

JTF日本語標準スタイルガイド(翻訳用)

 

ダウンロードして利用されると良いでしょう。


何か新しい翻訳品質管理の手法は?

先日、某翻訳会社の社長とお話しする機会があった。

思いがけず、製造業での営業のご経験がおありだそうで、製造の品質管理の考え方を翻訳の品質管理へ採り入れていると、お話しがされた。具体的にどのようなアプローチを採っておられるかまでは、踏み込んで話す時間がなかったのだが、とても興味深い。

私自身も製造業の品質管理を、如何に翻訳品質の保証と管理に生かすかを、ひとつのテーマにしている。

昨年の翻訳祭で講演した時、「翻訳は一点物のカスタム製品。大量生産を主に意図した製造業の品質管理手法は、そのままでは適用できない。」と言う話をさせて頂いた。

この講演の後、ある製造系の会社で内部翻訳に携わっておられる方からメールを頂いた。「モヤモヤとしていた想いが晴れた」と書かれてあった。

製造業に浸った人間が、翻訳品質に同じアプローチをそのまま使おうと考えるのは、極自然な流れだと思う。ただ、翻訳を知った人間から見れば、あまりに不自然で横暴な手法に映る筈である。メールをくれた方は、多分、周りからそのような認識によるプレッシャーを受けつつ、翻訳品質の向上を目指されていて、周りの説得に苦慮されていたのかもしれない。

製造業の品質管理手法がそのままでは使えないと言う考え方は、未だ変わらないが、決して「全く使えない」とは言っていない。品質管理の考え方や手法・手段を変えて適用する事は、可能だと考えているし、寧ろ、そのアプローチでもっと取り入れるべきだと考えている。

色々な翻訳会社が営業に見えられ、品質管理のお話を聞くが、どれも通り一辺倒。心の中で「あぁ、よく聞く話ね」と感じている。
しかし、お話させて頂いた社長の話は新しさを感じた。そういう思考の違う営業アプローチも面白い。もっとも、それを理解して頂けるクライアントは少ないと仰っていた。それも凄く頷ける。

私は製造業の品質管理手法を、翻訳の品質保証における自分達の通り一辺倒な思考に刺激を与え、新しい考え方と手法を生み出す為のツールと位置付けて検討しているし、検討を続けたいと考えている。


通翻への震災の影響

ここのところ、複数の翻訳会社の営業さんとお話する機会があり、その度に伺っているのが、震災の影響。

今のところ、異口同音に仰るのは、通訳への影響は大きかったが、翻訳への影響は感じられず、むしろ増えている感があると言う事だ。

分野によるのかもしれないが、翻訳者さん達の話を聞いていても、同じ感じを受けているので、概ね合っているのだと思う。

貴方の感触とあっていますか?


1件のコメント

95%より85%で速い翻訳!?

2月11日にIJET23のプレイベントとして、大阪セミナーが開催されたが、その中のプログラムに「第二部:まずは年収500万!~いま、エージェントとの付き合い方を考える~」があった。

このパネルディスカッションは、昨年、大阪で開催されたプレイベントで、私がパネリストとして出席したパネルディスカッションのリベンジ版と言う位置付けらしい。

今回のパネルディスカッションの内容は、有志により実況ツイートされていた。

とても興味深く拝読したのだが、そのツイートの中に「95点で遅い人より85点で速い方が使える」というツイートがあり、Twitter上で翻訳者さん達から様ざまな反応が出ていた。

発言された翻訳会社の社長さんの本意は、ブログに書かれているので、参照されたい。

私は、このツイートを読んだ時、「その通り」と思った。実務的には、そういう選択になるケースが比較的多いからだ。決して、発言の意図は「質を落としても、速い方がいい」という事ではないと思う。質に関しては、案件により要求される品質にバラツキがある。その85%なり95%が、そのバラツキ範囲内での差と解釈した方がいい(手離れの良さの差はあるが)。使い物にならない質のものは、どこまで行っても駄目なのだから。

そう考えた場合、設問は多分「質が同じ翻訳者で、速い人と遅い人なら、どちらを取るか?」と言う形に変えた方が分り易い。

答えは明らかだろう。

速くて正確。そんな翻訳者さんがいたら、やはり欲しい。多少、コストが高くとも欲しい。内部でのチェックや修正工数が削減されるのだから、当然だろう。つまり、質は当然の事として、スピードも、翻訳者にとって大きな付加価値となる。

概ね納期に厳しい案件が多い昨今、スピードは翻訳者さんを判断する上での大きなファクターになりつつあると思う。

iPhoneから投稿

付録


1000円ヘアカットに翻訳を映す

「1000円カットだん。
翻訳業界も1000円翻訳に流れてしまうのは、世の定めかww」

ヘアカットを終えて、駐車場の車の中から送信したこのツイートに、 Twitter や Facebookで翻訳者の方々から色々とコメントを頂きました。概ね「1000円翻訳」という言葉から、安価な翻訳サービスに関する懸念や考えに関するものでした。

1000円ヘアカットをして貰いながら、ぼんやり考えていたのは、1000円カットがない時代は普通に理容院や美容院に行ってヘアカットをしていたなぁ…という事と、その値段は遥かに高かったなぁと言う事。そして、何故、私が現在は1000円カットで「良し」としているのか?という事や、理容院や美容院に行くのはどんな時だろう?と言う事に思いを巡らせていました。

理容院や美容院と1000円ヘアカットでは、提供されるサービスの内容に大きな差があります。その差が売価の差になっているのですが、利用する顧客側から見た場合、必要最低限の機能は、「ある程度のスタイル」に「髪を刈りそろえる」という事だと思います。

1000円ヘアカットの話を出すと、必ず反応として出てくるのが「安かろう悪かろう」と言う話ですが、その「悪かろう」は何を判断したものか?がとても疑問に感じる訳です。

実は「理容院」と言う既成概念と比較して、当然提供される(と思い込んでいる)サービスが提供されない事を判断しているのかもしれません。もしくは「ある程度のスタイル」が気に入らず、短絡的に価格が原因と判断してるに過ぎないのかもしれません。もっとも後者は、比率に違いはあれど理容院や美容院でも、同じ事が起こるのですが。
実のところ、必要とされる機能である「髪を刈り揃える」の品質は、決して悪いとは思えないのです。

絞り込んだサービスが顧客に受け容れられれば、新たな市場が形成される訳ですが、1000円ヘアカットは廃れず生き延びているところを見ると、市場に受け容れられたという事でしょう。

何を1000円ヘアカットから発想したかと言うと、翻訳とは言え、サービスにせよ品質にせよ、顧客側がまだ認識していない受容可能なレベルがあり、そこを開拓すれば新たな市場が形成される可能性がある…と言う事です。

翻訳案件もピンからキリ。全てに同じ質が求められるか?と言うとそうではありません。

仮に切り詰めたサービスと質が市場に受け容れられたとしたならば、コストの掛からないサービスへ流れる顧客が増えるのは当然のこと。

なので「世の定め」とツイートしたのです。

既に色んな翻訳サービスが世に出てきています。翻訳経験がなくとも、言語が出来れば翻訳者として翻訳をさせ、提供してるようなサービスもあります。当然、仕入値を抑えられるので売価が低く設定されています。質を担保するための工夫が色々されているようですが、それが市場に受け入れられるか否かがカギになるでしょう。

エージェントの立場で考えれば、顧客の求めるものがそこにあるのなら、その可能性を無視する訳にはいきません。少々真面目に思考する必要があります。

翻訳プロセスを考えると、実は翻訳者側で抱えている機能を顧客側が肩代わりするという発想が出来るかもしれません。

あくまでも想像の世界ですが、例えば和訳の場合において考えられるのは、依頼するクライアントの内部には日本語のネイティブが山のようにいます。ライティングができるか否かを度外視して考えれば、そこそこの和訳品を安価に購入し、内部で日本語を洗練する…というアプローチだって出来るかもしれません。

安価なサービスが生まれると、「質」を楯に議論が沸きあがるのが常ですが、その質を見る視点を複数持っておく事が大切だと思います。それは、己の価値を何処に置くのか、どの方向へ自分を導くのかという考え方に繋がっていきます。