翻訳横丁の裏路地

We can do anything we want to do if we stick to it long enough.


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初めての通訳の思い出

私が初めて業務として通訳をしたのは、今から十数年前の事。

メキシコの取引先との電話会議という、初めての通訳にしては誠に過酷な条件だった。

当然、横には上司が控えてサポートしてくれたものの、徹底的に自信をなくす会議通訳になった。何しろ、メキシコなまりの聞き取りづらい英語に加え、電話と言う会議形態、それに初めての通訳と言う事で緊張は頂点に達していた。兎に角、聞けない。何を言っているかが、さっぱり分からない。もう、途方に暮れたような状態で1時間程度の会議は終わったように記憶している。

ただ、1つ安心した事は、上司も「(相手が)何を言っているか、さっぱり分からん」と言ってくれた事。聞き取れなかったのは私だけではなかった…と思うだけでも救われた。

それから数日後、今度は米国の取引先とのTV会議デビュー。

今度は同僚の女性通訳者が会議導入だけ担当してくれ、途中から私が通訳しながら会議進行するという流れだった。この会議でかなりホッとした。相手の言ってる事が分かるからだ。慣れた米国人の英語なのだから当然である。話す方はどうだったのか、さっぱり覚えていない。初めて聞く言葉との格闘と、会議進行で必死だったからだ。

2時間ほどのTV会議の後、女性通訳者は上司に向かって、「Saitoさん、大丈夫です。バッチシです。」と私自身が感じている出来とは掛け離れた評価を言ってくれ、非常に恐縮したのを覚えている。また、その後、相手側の会議室で出席していた日本人駐在員から上司の元へ電話があったらしい。

「一体、あの Terry Saito って誰だ?」

という問い合わせだったと後から聞かされた。相手側に、それなりのインパクトがあったようだった。

とにかく、徹底的に自信を失い、叩きのめされた通訳デビューだったが、この後は、週に多い時は4~5回、少なくとも1回というペースで電話会議、TV会議、face to face 会議での通訳をこなしていく事になり、聞けるようになると、話せなくなり、話せるようになると、聞けなくなる…そんなサイクルを何度も繰り返しながら、段々と通訳業務に慣れていった。

でもね、英語力は向上したとは全然思えない。通訳業務をするようになって数年経って受けた TOEIC は飛躍的にスコアが伸びたけども、全然自分の自信につながらない。通訳技術は多少は向上したと思う。どちらにしたって、自己評価では超下手くそ。どこまで行っても、恥ずかしいレベル。その場にいたたまれないような思いを何度もした。だから、何か英語に触れてないと不安になる。

ある意味、通訳という仕事にはずうずうしさも必要だと思った。はったりかます事もある。それに通訳はある部分、芸術にもつながる部分があるとも思う。言葉を紡ぐ仕事だもの。ジャズやってて、インプロビゼーションが上手くいかないって時は当然ある、人間だもの。通訳もそんな「ノリ」ってものが同じようにある気がする。でも、そんな「ムラ」を口にしたら、「お前はプロじゃない」と言われる事だろう。

通訳って面白いけど、恐ろしい。毎回、怖くて怖くて、でも、どこか心躍る。自分でも良く分からないが、そんな仕事だな、私の中では。


2件のコメント

通訳者の実力判断は如何に?

一昨日の通訳ネタの記事に頂いたコメントを拝読して、色々と考えさせられました。自戒の念を込め、恥を忍んで記事にしてみます。

通訳者さんの実力はどのように判断しているのか?

翻訳の場合はトライアルをし、また、実際に業務として翻訳して頂いた成果物をチェックする事である程度リアルタイムに実力を把握することが可能です。では、通訳はどうなの?…と考えてみると、はて?困った…と思うのです。

仕事の成果物を見る機会は全くなく、頼みはクライアントの評価のみ。
契約前の判断は、英語力は英検だのTOEIC等の情報や過去の職歴など。

じゃ、通訳力は??

通訳学校に行ったとか、通訳業務経験で判断するのみしかないように思う。

一体、通訳も扱う翻訳会社さんは、どのように実力判断をされているのだろうか?


4件のコメント

昨日の会議通訳を経て

昨日、突然依頼された米国企業との電話会議に通訳のサポートと言う立場で立ち会ってきた。

担当された通訳者さんは、他のある特定依頼元の通訳のみを担当されていて、技術分野も違うのだが、技術的な話には及ばないと言う前提でお願いした。

私としても、通訳者さんの通訳業務を初めから最後まで見るのは初めてだったので、とても興味深かった。

その通訳を通し、私の経験則と照らし合わせて感じた、こうすべきだな、こうした方がいいな?と思った事をまとめておく。

通訳は、人の語る言葉を、単に別言語に変換すると言う単純なものではない。

スピーチなり、プレゼンなり、会議なり、何がしかのイベントのコミュニケーションの一部として、そのイベントの機能を失わず、むしろそれを高めるべく通訳は機能する必要があると思う。

昨日感じた失敗例も上げ、羅列してみたい。

・会議前に会議に関する打合せがあるが(なければ要求する)、その場で会議に関する情報入手は勿論だが、どういうタイミングで通訳に入るかを確認しておく。
・またそれを会議出席者に事前通知して貰う。
・会議進行は誰がするのかを確認する。

概ね電話会議での通訳は逐次通訳となるが、どういうタイミングで通訳するかが、会議の進行に大きく影響する。

通訳慣れしているクライアントなら、彼らから通訳の入るタイミングを指定してくる事があるが、概ね、そう言う事を余りご存知ないクライアントが多いので、通訳側から積極的に確認した方がいいと思う。

昨日のケースでは、同通の勢いで、語り手が話している途中から通訳をされていたので、語り手の思考を遮断してしまっている事と、話の途中で相手側が話に食いつき、不要な質疑応答が発生し、会議の進行が行ったり来たりして、クライアントの思惑に沿わない進行に陥ってしまっていた。

会議における語り手の話す長さは、スピーチのような特別なコメント出しを行っている場合を除き、さほど長いものはないので、全てを話して貰い、意図確認して通訳しても遅くはない。
また、その語り手が話している途中で、他の会議出席者と議論になり、相手方に伝える内容が変わる事があるので、この通訳する間合いが会議進行にとって大切になる。

ただ、会議相手によってこの辺のアプローチは変わってくるので、やはり事前確認が欠かせない。

交渉戦略を気にしなくてはならない相手なのか、ざっくばらんに話せる相手なのかで遣り方は変わる。

・ミュートはされますか?どなたがされますか?

これは会議の開催元が気にすべき事で通訳者の責任範疇ではないと思うが、敢えて確認をしてあげる事は、プラスαの付加価値となるだろう。

昨日は全くミュートなし。こちらの話は相手に筒抜け。おまけに相手にはカタコトながら日本語を話してる方もいると言うのに、なんて自由なんだ!と感じた。

通訳は完璧なる言語変換機に徹すればいいと言う考え方もあるのかもしれない。ただ、人の介在するコミュニケーションの場に立つ通訳であるがこそ、担える役割もある筈。

言語変換を超えたコミュニケーションの通訳者、各種イベントの引き立て役と言う一歩踏み込んだ意識で、通訳と言う仕事を捉え、精進する事が大切なのではないか?と昨日の経験から思いました。それがまた、自身の差別化にも繋がるでしょう。