翻訳横丁の裏路地

We can do anything we want to do if we stick to it long enough.


翻訳者に甘えるな!

翻訳コーディネーターたるもの、翻訳者さん達に気持ちよく仕事をして頂く段取りを打つのが、ひとつの使命だと日頃から考えている。

なので、翻訳者さん達に仕事をお願いする仕方も、日々、注意しなくてはと思っているのだが、忙しさにかまけて、曖昧な指示を出したり、余計な作業をお願いしてしまう事がたまにあり、反省しきりである。

「作業費を払えば問題はないだろう?」…と言う人もいるのだが、そう、単純には考えていない。

そういう周辺作業に長けている方達へは、あまり影響がないだろうが、煩雑な作業は、多少なりとも翻訳品質へ影響しているように感じるからだ。

勿論、夫々の翻訳者さんの周辺業務のスキルと、互いの関係によって、そういう依頼内容は変えているつもりなので、実害は生まれていないのだが、私が気に入らないのは、翻訳者さんに甘える意識が何処かにあり、そこに最終的に逃げ込むような仕事の依頼をしている事があるという事。

よく聞く「丸投げ」なんて、甘えの構造の最たるもの。そんなものは、コーディネーションでも何でもない。

共に良い品質の翻訳物を作る…という意識に立って、翻訳者さん達と Win-Win の関係で仕事をして行きたいと強く思う。もっとスムーズで簡潔明瞭な依頼が出来るよう、日々精進していきたいと思う。

自戒の念を込めて。


敵を知る(翻訳と下請法)

フリーランスの通訳者さんや翻訳者さん達は、仕事を請ける相手が翻訳会社やエージェントであったり、クライアントからの直請であったり、さまざまな事でしょう。

仕事の受発注に絡んで、色々と問題ある話しを伝え聞いています。

ひとつ、気にしておいて欲しい事は、「下請法」というものの存在です。下請けとして働く者を守る法律ですから、自分の身を守るためにも少し勉強しておく方がいいと思います。

公正取引委員会 下請法ホームページ

この公正取引委員会のホームページには、下請法を理解する上で役に立つパンフレットが複数準備されているので、ダウンロードして読まれる事をお勧めします。

これらのパンフレットを読み、理解する上で必要と思われる情報を、以下に書いておきます。

発注する側である翻訳会社/エージェント/クライアントは「親事業者」、仕事を請けるフリーランス(個人事業主)の方々は「下請事業者」に該当します。また、フリーランスの方々は、資本金1,000万円以下の下請事業者に該当します。
翻訳は「情報成果物作成委託」に該当します。従って、下請法の適用を受ける親事業者は、資本金1,000万1円以上の事業者と言う事になります。

上記のホームページにあるパンフレットの中で「知るほどなるほど下請法」が分かりやすいかもしれません。

親事業者の義務と親事業者の禁止行為等が書かれています。例えば、義務の1つには、発注書面の交付があります。つまり、口頭発注はダメって事です。禁止行為には、代金の減額とか受領拒否などがあります。下請事業者側に責任がないのに、下請代金を発注後に下げるとか、発注の取り消しや納期の延期で受領を拒否するなどは禁止されています。

でも、どこかで聞いたような話ですよねぇ。

取引する相手が、資本金1千万1円以上かどうかという事を意識しておく事も大切なのでしょう。その上で、正しい運用をしているかどうかを見る事で、取引先の意識と質が判断できるかもしれません。


JATセミナー「出版翻訳:スティーブ・ジョブズ翻訳の裏側」

2月18日土曜日に、日本翻訳者協会(JAT)主催のセミナー「出版翻訳:スティーブ・ジョブズ翻訳の裏側」が開催され、伝記本スティーブジョブズの翻訳者である井口耕二さんが講演されました。

今回の講演は75分と言う十分な時間設定もあり、どんな裏話が聞けるのか、とても楽しみにしていました。

仕事の流れに沿って、時系列でお話を進めていかれましたが、お陰で、我々が実感的にジョブズ本の翻訳のすざましさを理解するのに、大いに役立ちました。

精神的にも肉体的にも、ギリギリのところで勝負をされていた話を聞くと、緊張感、切迫感がひしひしと伝わってきます。それに反して、井口さんの語り口は静かに眈々とされていて、凄くいいコントラストになっていました。

今回の講演はビデオ撮影されていたので、きっとJATのホームページで会員へ公開されるのでしょう。講演に参加できなかった方は、ご覧になる事をお勧めします。非常にためになったし、面白かったです。

細かな講演内容はビデオで観て頂くとして、ここでは私が何を感じたかを書きたいと思います。

簡単に言えば、「プロの仕事、職人の仕事」と言う事に尽きます。

・自分がやりたい仕事を採りに行く姿勢とアプローチ。
・そのために日々蓄積していくべきもの。
・その内容は多岐に渡り、高次元にマネージメントされている。
・即座の脳内シミュレーションと決断が出来たのも、そういう蓄積の成せる技。
・色々な物事を熟考し、しっかりとリスクマネージメントがされている。
・仕事の進捗しかり、自分の健康管理しかり。

仕事量の全貌が分かっていない状態での業務負荷の想定や、原稿遅延による日程圧迫への対応の考え方、契約で決まっていた出版日程でさえ前倒しになっても、そこへ対応する策。体調不良に陥らないための健康管理。

とても深いリスク管理がそこにあり、プロとして仕事を破綻させないと言う強い責任感と管理技術を、講演を聞きながら感じていました。

ご本人はいつもされている事で、きっと「当たり前」と感じておられるのだろうと想像するのですが、翻訳を仕事にしている人のみならず、どんな仕事においても、とてもためになる考え方や技が隠されているように思います。

交流会で、井口さんに冗談半分でお話ししたのですが、ジョブズ本の翻訳において使われた色々なマネージメントを、本にされたらどうでしょう?と(笑)

ビジネス書として十分に通用しそうに思うのです。私は、そんな本が出たら、サラリーマンに読ませたい。リスク管理の部分に関しては、とても学ぶものが多いと感じました。

うちの新人コーディネーターも講演を聞きに来ていましたが、この意見には賛同してくれたので、サラリーマンは飛び付くネタかも知れませんね。


JTF日本語標準スタイルガイドが公開されています

少し古い情報になりますが、昨年の日本翻訳連盟(JTF)翻訳祭の出席記事で紹介した「日本語標準スタイルガイド」が、JTFのホームページで公開されています。

 

JTF日本語標準スタイルガイド(翻訳用)

 

ダウンロードして利用されると良いでしょう。


何か新しい翻訳品質管理の手法は?

先日、某翻訳会社の社長とお話しする機会があった。

思いがけず、製造業での営業のご経験がおありだそうで、製造の品質管理の考え方を翻訳の品質管理へ採り入れていると、お話しがされた。具体的にどのようなアプローチを採っておられるかまでは、踏み込んで話す時間がなかったのだが、とても興味深い。

私自身も製造業の品質管理を、如何に翻訳品質の保証と管理に生かすかを、ひとつのテーマにしている。

昨年の翻訳祭で講演した時、「翻訳は一点物のカスタム製品。大量生産を主に意図した製造業の品質管理手法は、そのままでは適用できない。」と言う話をさせて頂いた。

この講演の後、ある製造系の会社で内部翻訳に携わっておられる方からメールを頂いた。「モヤモヤとしていた想いが晴れた」と書かれてあった。

製造業に浸った人間が、翻訳品質に同じアプローチをそのまま使おうと考えるのは、極自然な流れだと思う。ただ、翻訳を知った人間から見れば、あまりに不自然で横暴な手法に映る筈である。メールをくれた方は、多分、周りからそのような認識によるプレッシャーを受けつつ、翻訳品質の向上を目指されていて、周りの説得に苦慮されていたのかもしれない。

製造業の品質管理手法がそのままでは使えないと言う考え方は、未だ変わらないが、決して「全く使えない」とは言っていない。品質管理の考え方や手法・手段を変えて適用する事は、可能だと考えているし、寧ろ、そのアプローチでもっと取り入れるべきだと考えている。

色々な翻訳会社が営業に見えられ、品質管理のお話を聞くが、どれも通り一辺倒。心の中で「あぁ、よく聞く話ね」と感じている。
しかし、お話させて頂いた社長の話は新しさを感じた。そういう思考の違う営業アプローチも面白い。もっとも、それを理解して頂けるクライアントは少ないと仰っていた。それも凄く頷ける。

私は製造業の品質管理手法を、翻訳の品質保証における自分達の通り一辺倒な思考に刺激を与え、新しい考え方と手法を生み出す為のツールと位置付けて検討しているし、検討を続けたいと考えている。