翻訳横丁の裏路地

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円切り単価とは縁切り

先日、翻訳業界の長いお二人の重鎮(笑)と夕食がてら雑談をしていて、「翻訳単価に小数点を使ったものを殆ど知らない」という話しを耳にしました。

原稿の文字数・ワード数で翻訳料を支払う「原稿分量式」。業界調査によれば、翻訳会社の半数以上が既に移行し、今後さらに移行が進んで行くだろうと推測されます。この「原稿分量式」へ移行する上で、単価体系にかなり悩み、結果、小数点第一位を持った単価方式にしました。

市場の翻訳会社のレート体系を調査したり、私の知る翻訳会社経営者や翻訳会社関係者、それに個人翻訳者さん達にインタビューして、単価に小数点を持ったものが殆どないという事実を知っていましたが、それでも小数点を持った単価方式を採用するに至った理由を以下に述べたいと思います。

まず、結論からいうと以下の3点が、その判断の主な理由です。

  1. 1円単位の刻みでは、粗利の振れ幅が大きくなり過ぎる。
  2. それにより、計画された粗利を確保するために、翻訳者のレートが大きく切り下げられる可能性が高くなる。
  3. 将来的に消費税率が変化した場合、1円刻みの単価では対応が難しい。(内税の場合)

これらを回避するためには、小数点を持った単価体系が必要なのです。

【設定レートの面から見てみる】

以下に例を挙げてみます。あくまでも「例」ですので、想定した数字や率に目が釘付けにならないで下さい(笑)

仮に翻訳者さんの単価を、日英翻訳で文字単価9円だとしましょう。そしてエージェントの販売価格を18円とします。つまり、エージェントの粗利を50%で想定します。

では、ここで翻訳者さんの単価を、9円から10円にアップする事を検討したとします。

単価を10円にするという意味は…

  • 仕入れが 11%のアップ
  • 粗利率は、50.0%から44.4%へダウン

という事になり、実に粗利率へのインパクトは、5.6%にもなります。

この「1円刻み単価」では、仮にそのエージェントが粗利率45%以下は認めないなんて社内基準があるとすれば、単価10円のところを9円で抑え込まれる事になる訳です(実際はこんなに四角四面な運用ではない筈ですが、理解し易いようにそう仮定します)。この1円の差は、翻訳者さんの受け取る報酬で見ると、10,000文字の案件であれば、10,000円の収入の差になるわけですから無視できません。

私が一番問題だと考えたのは、翻訳者へ利益を正当に還元する事が不可能になるという点で、故に「1円刻み」単価ではダメだと考えました。もっと細かく刻んだ単価設定ならば、経営的に許される最大値まで単価を上げられるのに、1円刻みではバッサリと切るしかなくなってしまう。

仮に小数点単価にした場合、上の例でいえば、単価 9.9円でレート設定される可能性があるという事です。

【消費税率の取扱いの点から見てみる】

世間では内税式の単価が多いように聞きました。この意味はご存知の通り、以下の通りです。前出の例を基に説明します。(消費税等の部分は切り下げで計算しています)

  • 設定されている単価(含む消費税等) = 9円  その内訳は…
  • 税抜き単価 8.6円 + 消費税等分(5%) 0.4円 = 9円

この段階で、既に小数点を持たないと計算が成り立たない点から考えても分かる通り、(特に内税式の場合)小数点を含む単価設定にしないと、システムとして破綻するということが分かると思います。

消費税率は今後、上昇する訳ですが、例えば8%、10%になった場合、現状設定されている単価がどう変化して行くのかを以下のとおり示してみました。

  • 税抜き単価 8.6円 + 消費税等分(8%) 0.6円 = 9.2円
  • 税抜き単価 8.6円 + 消費税等分(10%) 0.8円 = 9.4円

報酬単価が上がらない前提で話をすれば、消費税率が変わる段階で、小数点単価体系に移行しないと対応ができなくなるという事です。ここでのポイントは、消費税率変更に伴って、税金分の支払いが増えるのだという事つまり、内税単価の場合、単価が上がるのだということを理解しておいてください。

【翻訳者として交渉の材料につかうべし】

  • 1円単位での単価上げ交渉は、エージェント側への経営的インパクトが大きいので、コンマ1円単位での交渉を試みてみる。エージェント側のシステムが対応できるようなら、単価上げを獲得出来るかもしれない。
  • 将来予定される消費税率変更に対応して、小数点単価体系に対応できるエージェントが増えくると想像するので、この交渉手段は使える可能性が高くなるかもしれません。

【消費税率引上げ時に注意して欲しいこと】

それは、単価が内税で設定されているのであれば、上記の通り、単価が税率に伴って設定し直されるということです。

もし、そのエージェントが、消費税率が変わったのに同じ単価で支払いをしてくるような事があれば、それは単価を引き下げているのと同じ意味ですので、徹底的に交渉する必要があります。「いやぁ、うちのシステムが対応してなくて、いまのままで…」なんて不条理な言い訳をしてくるエージェントには、「(そういう事態になる事は万人が予測出来たのに)システム対応をしていないのは企業側の不手際であり、翻訳者側の報酬を減額される理由にはなり得ない」という点を、しっかりと理解した上で交渉して欲しいと思います。対応してないなら、円単位で切り上げろ!という事です。上記の例なら9円から10円にしろ!という事です。

「変化」は得てしてマイナスイメージが伴いますが、「変化」こそチャンスです。論理武装をしっかりして単価上げの材料に使うくらいの意志を持って勉強し、取り組みましょう。

作成者: Terry Saito

二足の草鞋を履く実務翻訳者です。某社で翻訳コーディネーター、社内翻訳者をやっていました。 詳細は、以下のURLよりどうぞ。 https://terrysaito.com/about/

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