毎年恒例の日本翻訳連盟主催「第22回JTF翻訳祭」が、昨日11月28日に、アルカディア市ヶ谷で開催されました。
以前の記事でも書きましたが、今年は必ず見たいと思っていた講演の内容から業務として参加するのは難しいだろうと判断して、休暇を取得して個人出席で参加して来ました。
私が聴講したセッションは、以下の通り。
1)セッション1:トラック4:「翻訳者としてのワークフロー」リチャード・ウォーカーさん、ポール・フリントさん
2)セッション2:トラック4:「これだけ知っとけ行動経済学 〜ブラック翻訳会社に騙されないヒント〜」関根マイクさん
3)セッション3:トラック4:「Translation Quality Control – An Irreducible Process」デイビット・ストーマーさん
4)セッション4:トラック1:「機械翻訳を組み込んだ翻訳工程の最適化」CA Technologies 菊池邦昭さん、古田京子さん、株式会社東芝 鈴木博和さん、モデレータは株式会社翻訳センター 河野弘毅さん
私が聞きたかったトラック4のセッション2の感想に、かなりスペースを取られるので、まずは感想を記しておきたいセッション1とセッション4について書きます。
セッション1:トラック4:「翻訳者としてのワークフロー」リチャード・ウォーカーさん、ポール・フリントさん
セッション1は Translation flow が話されたが、私にとって目新しい情報は、フロー全体とそのファイル等の一連の流れをウェブベースのシステムで管理しているという話くらいだった。Projetex というProject Management Software も紹介された。http://www.translation3000.com/ で入手出来るようだ。
このセッションでポール・フリントさんが紹介された「The ideal translator」と「The ideal agency」がとても面白かったです。フリントさんから了解を頂きましたので、以下に引用しておきます。(フリントさんの「翻訳+」のサイト:http://honyaku-plus.com)
The ideal translator
- Is available by phone or email during business hours (even if to say “I’m busy”)
- Accepts our work almost always, if not always possible
- Provides a good quality translation (check, edit) on time
- Points out problems with the job (errors in the documents or problems with our processes) and offer solutions whenever possible
- Is courteous
- Works with us to solve the customer’s problems (short deadlines, special request, that kind of thing)
- Is not too expensive (works within the economic constraints)
We give these people the most work.
The ideal agency
- Pays a fair rate (and as high as possible)
- Has constant work
- Has long deadlines
- Gives clear instructions how the work should be done (gives clear, formal workorder (PO))
- Provides feedback about work quality so that the translator improves (not always needed)
- Negotiates on behalf of the translator
- Does not require invoicing (sometimes it’s a good PR point to send one anyway)
- Flexibility in deadlines (can I have another day (hours)?)
- Human touch (PM include’s their name, provide opportunities to socialize [valuable to freelancers])
- Responds promptly to translator questions
- Acknowledges the receipt of work
- Communicates in the translator’s native language
セッション4:トラック1:「機械翻訳を組み込んだ翻訳工程の最適化」CA Technologies 菊池邦昭さん、古田京子さん、株式会社東芝 鈴木博和さん、モデレータは株式会社翻訳センター 河野弘毅さん
セッション4の機械翻訳ネタは昨年も聴講したのですが、他のセッションに比べ、聴講者の層に違いを感じました(なんか、雰囲気が違う(笑))。聞きたかったMT+ポストエディットと新規翻訳でのレート差に関して、モデレータの河野さんが突っ込んで下さったのはありがたかったです。半分くらい…という回答をされていたと思います。機械翻訳導入で15〜20%のスループット向上が見られたとも言っていました。また、MT+ポストエディットで、速い人で時速500ワード程度だと言っていましたが、翻訳で見れば決して速くないと思いますね。
私の勝手な印象を言えば、成果・効果を示す事を前提とした検討結果と情報(所謂、後付けの理由)がお披露目されているんではないのか?と言う疑いを持ちました。
このセッションで一番印象的だったのは、東芝の鈴木さんのプレゼンで、機械翻訳をハサミで例えられていた点です。何をするのか、何を切るのかを理解した上で、その目的に適したハサミを使用する。機械翻訳の使い方もまさしく、それだ!と仰りたいのだと思います。昨今、メディアを賑わせている機械翻訳の誤訳問題。アインシュタイン本にせよ、東北博HPにせよ、目的に合わない機械翻訳の使用が原因であり、機械翻訳が悪い訳ではなく、使った人間がダメなだけです。それがメディアにより「機械翻訳は使えない」的な一般認識になってしまっているところは、日々、機械翻訳の技術向上に努力されている方達にとっては悲しい話だなぁと思います。開発に従事されている方の、そういう心の叫びのようなものを感じました。我々も少し考え方を変える必要があるのだと思います。機械翻訳は翻訳者の脅威になる…というような話とは別で、少なくとも機械翻訳の技術は、将来、人々の生活を豊かにする技術である事には間違いがないと思うので、そういう技術開発にはエールを送りたいものだと思うのです。
セッション2:トラック4:「これだけ知っとけ行動経済学 〜ブラック翻訳会社に騙されないヒント〜」関根マイクさん
最後に、セッション2の関根マイクさんの講演について、自分の理解の範囲で箇条書きにしますので感じ取って下さい(笑)。
そもそも、私が Twitter, Facebook, Ustream, Blog の使い方や使い分けは、関根さんの考えを私なりに咀嚼してやってきているという経緯があり、今回の講演内容はかなり刺激的で勉強になりました。(今回の講演内容には昨年9月にIJETのプレイベントで講演された内容も一部かぶっています)
行動経済学を主軸にお話をされました。翻訳者や翻訳会社の行動に照らし合わせて、翻訳者がどのように応用出来るかを話されたと思います。
- 翻訳会社に依存している翻訳者が圧倒的に多い → 行動経済学的に見て、とても危険
- 商売の基本は「安く買って、高く売る」。翻訳会社もそういう商売の基本を踏襲しているだけ。
- レートが低いのは貴方の実力 → 翻訳能力が低い・・だけでなく、翻訳能力はあってもビジネスセンスがないだけかもしれない。そういうのをひっくるめて「実力」
- 「翻訳業界は実力主義」という考えと、翻訳購買者への「適正な単価を払うべき」という啓蒙は矛盾している。実力主義ならば正当な単価が支払われる筈である。
- アンカーリング:無意識のうちにインプットされた情報(固定観念)で、知らず知らずに意思決定に影響を与える。(最初に残った印象がその後の判断に影響する)
- レートを上げるのは難しい。それはレートの上がり幅は最初のレートで決まってしまうからである。
- 例えば、レート5円で始まれば、その数字が残像として残ってしまう。それで貴方の価値が決まってしまう。(アンカーリング)
- コーディネーターは入れ替わる。新しいコーディネータが見るのは数字。その数値の印象で決まってしまう。
- 最初に残った印象がその後の判断に影響するのだから、最初のレートは高めに設定して交渉すべし。
- 「これからお世話になって長い付き合いになるのだから、最初は低めレートでもいいや…」等と言う情け心を持つようではダメ。
- 自分の思ったレートより、高めに設定する事
- 顧客は翻訳の質を評価できない。だから、価値に見合った適正価格なんて分かる筈もない。
- 黒真珠の価値の話。世に出た時は価値がはっきりしていなかった。高価格を設定して販売し、その価格がその後の価格のベースになっている。
- 顧客は、翻訳の価格を知らない(実感として知らない)
- そういう顧客を狙ってマーケティングすべし。
- 本当にレートが上がらない理由は、翻訳会社ではなく、自分たち翻訳者の問題であり、自分たちに小さな物語を作れていないからだ。
- 顧客は相対評価をする。顧客は、一番高いものより、1つ2つランク下の商品を買う傾向がある。これを翻訳者も活用できる。
- フレーミング効果:全く同じものを出されても、判断に人の主観が入ってしまう
- プロスペクト理論:人間は儲かった時の喜びよりも、損した時の悲しみの方が大きく感じる
- 情報収集の時代から、情報を解析する時代になってきている。フリーランス翻訳者はそれができる能力がなくてはならない。
- Google Adwords がブログアクセスの解析ツールとして使える。そういうツールを使って解析をするなど、考えるべき
- ブランディングが大切:あなたがプロとして信頼されているか?顧客にプロとして凄いという印象が与えられればいい。
- 評価経済:Amazon や食べログの評価や、Facebook の「いいね!」のように評価が可視化されるようになった。これは、昔は見えなかった。
- 評価を見て、顧客は商品を選択するようになった。
- さて、翻訳者はどうだろうか?
- 仮に翻訳者から10円で仕入れ、翻訳会社が20円で販売しているとする。直取引と比較すると単純10円の損…という考えは間違い。実際はもっと損をしている。それは「信頼」である。
- 翻訳者がどんなに良い仕事をしても、その評価は全て翻訳会社のものとなる。つまり、翻訳者の「評価」が翻訳会社の「評価」となっている。長期的に見れば、翻訳者には全く「信頼」が残らない。
- 現状維持バイアス:色々な勉強会やセミナーで、翻訳単価をあげるにはこうしたらいいとか、クライアント直取引がいい…という話がされているが、現状維持バイアスが働いて実際に行動に移す人は殆どいない。それは、人は将来より今が大切だと考えるから。
- 名前が一番のブランドになる。翻訳会社と仕事をしている限り、翻訳会社のブランドに吸収されている。
- では、個人翻訳者はどうやってブランディングするのか?→メディアを持つしかない。→ Twitter や Facebook, Blog
- 紹介されたブログの例。その1、その2、その3、その4。
- 依頼する側から見ると、専門分野に長けていて、専門知識を持っている等の情報を得る事ができる。「なんか、出来そうな奴だ」と思われる。
- フローからストックに誘導する。Twitterで公開して、ブログへ誘導する…というスタイル。
- 情報を発信する場所に、人と情報が集まる。情報を発信すれば、そこに人の目や顧客の目が集まる。
- 何を発信する?→自分の歴史の蓄積。
- 皆と同じ事をやっていてはダメ。自分にしかできない情報を発信する。
- 翻訳者は、翻訳会社以外の可能性を理解しているのか?…。他の選択肢もあるのだと言う事も考えるべし。
- 情報を出すにも内容を吟味する必要がある。正しい情報を発信して行かないといけない。馬鹿な情報を出せば、自分のブランドを傷つける事になる。
- 今まで、翻訳会社がないと繋がらなかったソースクライアントが、インターネットやSNSの発展で、翻訳者とソースクライアントの距離が近くなってきている。直接つながれるようになってきている。
- いまや、翻訳会社と付き合う事が最善の選択ではない…という事を知っておくべき。
- コンテンツは宝。それにコンテンツには賞味期限がある。賞味期限がなくなった情報は一般公開したり、イベントの起爆剤として活用するなどを考えるべき(業界団体の話)
- 知名度は信頼
- 評価経済の限界:カリスマは何人もいらない
- 全員が情報発信を始めると、情報の価値が下がって行く。
- これからのフリーランス翻訳者に必要な事。それは・・・お客との距離を可能な限り縮める事。信頼を得る。プロとして認めてもらう。長期の信頼を獲得する事。自分の物語を語る。差別化。
- プロとしての情報発信
- なお、これらの話の大前提は、翻訳者として必要な技術を持っている事である。
だらだらとキーワードに加筆して並び連ねました。講演者さんの言葉通りでないかもしれませんので、額面半分で読んで下さい。
どちらにせよ、業界を取り巻いている環境は、インターネットやSNSの普及で大きく変化しており、その変化によって翻訳者とソースクライアントの距離が近くなってきています。そういう環境変化の中で、翻訳者として何が得意なのか?を改めて自分で分析して位置付けして、ネットと言うツールを積極的に使ってブランディングしてマーケティングする。そういうビジネスセンスも求められる時代になってきているのだと思います。自分の翻訳の価値に見合った収入を得る事は、誰しもが望む事だと思います。それを実現するひとつの手法だと思います。
※取り敢えず記事にしました。加筆・修正の可能性があります。