2017年5月31日に品川区立総合区民会館大ホールにて、翻訳者登録制度説明会が開催されましたので話を聞いてきました。この説明会は、4月17日に大阪で先に開催されましたが、SNSを通じてあまり反応が聞こえてこなかったので、どんな内容なのか気になっていました。ちなみにこの説明会は、日本規格協会、日本翻訳連盟、日本知的財産翻訳協会の共催という形になっています。
プログラムの内容は以下の通り。
- 開催あいさつ:
日本規格協会 理事長 揖斐敏夫 - 翻訳者登録制度の開始とこれからの翻訳業界:
日本翻訳連盟 代表理事・会長 東 郁男 - 特許翻訳業界の現状と求められる専門性について:
日本知的財産翻訳協会 常務理事・事務局長 浜田宗武 - ISO17100規格(翻訳サービスの要求事項)に基づく認証状況:
川村インターナショナル 取締役 森口功造 - 翻訳者資格登録の要件、申請手続き:
日本規格協会 翻訳者評価登録センター 塚本裕昭 - 全体質疑応答
以下に、メモしたところと記憶に残っているところから、制度に関する部分のみ箇条書きしておきます。私の理解のもとで書いていますので、間違いがあるかもしれません。その点を理解したうえでお読みください。2.「翻訳者登録制度の開始とこれからの翻訳業界」で話されたこと
- 最初に来場者にアンケートを採られた。半数が翻訳者、残る半数が翻訳会社・クライアント企業だった。まだPR不足。企業にもっと制度を理解して利用して欲しい。
- 現在時点で ISO17100の認証を受けた事業者数は28。今後、この数が増えることを期待している。
- 訪日外国人数の推移グラフ(2003~2015)と技術輸出額(2005~2014)の推移グラフを元に、翻訳需要が増加傾向であると話された。
- 翻訳市場の現状をJTFが実施した市場調査の結果をベースに話をされた。今年から来年に掛けて個人翻訳者向け、法人向けと業界調査を実施するのでアンケートへの協力要請をされていた。
- 業界の環境変化。従来の形態と違う業者が増えている。例えばクラウド系翻訳事業者、機械翻訳事業者。また海外の同業者の参入など。
- ISO17100は、翻訳サービスのプロセスを管理するもの。そのプロセスを行う担当者の力量を評価し管理することで、サービスの品質を管理するもの。翻訳成果物そのものを評価するものではない。
- 要求される翻訳者の資格、力量(3.1.3, 3.1.4, 3.1.8)において日本の課題は、翻訳実務に関する高等教育機関が少ない、また翻訳の公的資格が存在しない。
- 翻訳者の力量は、翻訳会社が独自の基準を設けて評価しているのが現状。検定試験もいろいろなものがあるが、その基準もさまざまで分からないのが実状。
- そういった背景から生まれたのが、日本規格協会の翻訳者登録制度。この制度の中で、翻訳者の専門的力量を評価する試験実施機関を評価し認証する。認証を得た試験実施機関が翻訳力量を評価する試験を実施する。(本来は、政府統一試験があれば一番良い)
- 翻訳者登録制度の翻訳者のメリットは、1)第三者の客観的な評価を得られる。2)現状、複数社と契約するためにそれぞれトライアル翻訳試験を受けているが、それから解放される。3)非専門家との差別化。
- 翻訳会社のメリットは、翻訳会社の中で負担となっている「トライアルを実施して評価・登録する」という作業の負荷が低減される。
- クライアントのメリットは、翻訳者登録制度に登録している翻訳者や翻訳会社に翻訳を発注すれば、高品質な翻訳成果物が得られる期待がある。
- 翻訳業者を選定する上での条件の1つになり得る。
3.「特許翻訳業界の現状と求められる専門性について」で話されたこと
- 特許翻訳の需要動向を「日本企業の米国特許登録件数の推移」と「米国から日本への特許出願件数推移」をベースに説明された。
- 日本企業がちょっと元気ない。和文英訳は飽和状態。
- 米国から日本への特許出願件数が増加していることから国内での英文和訳が増加するかというと、米国のMLVが一手に受け持っており減少気味傾向である。
4.「ISO17100規格(翻訳サービスの要求事項)に基づく認証状況」で話されたこと
- ISO17100認証をなぜ翻訳会社は取得しようとするか?それは、認証取得によってある一定の品質が保たれている証明になり、受注が増えることを想定しているから。
- また、取得していない会社との差別化になる。入札などで有利に働く。
- 顧客に「あなたの会社、どのように品質を担保しているか?」という質問受けた際に、ISO17100に準拠しており認証受けていることを示せば、クリアな説明となる。
- 品質に投資をしている会社という見られ方をし、会社の信頼性が上がる。
- 翻訳者の力量評価での問題点。1)翻訳者がそれぞれの会社のトライアルを受けなくてはならない。2)翻訳会社は、採用・評価コストを負担し続けなければならない。
- 翻訳者の資格確認での問題点:卒業証明書の提出などが必要になる。翻訳者、翻訳会社双方に負担。
- APTとして登録された翻訳者のトライアル免除、PTの書類選考免除を決定し実施しているが、今後、この動きが他の翻訳会社にも広まっていくだろう。
- 日本規格協会に登録翻訳者が閲覧できるポータルサイトが設置される。そこに行けば、有資格の翻訳者を検索することができる(情報公開は任意)。
- 翻訳会社のみならず、ソースクライアントがポータルサイトから直接翻訳者へアクセスする可能性が生まれる。
5.「翻訳者資格登録の要件、申請手続き」で話されたこと
- ISO17100では翻訳者が「専門的力量」「経験」を有することの確認が要求されている。
- 翻訳者評価登録センターへの翻訳者登録の要件として、センターが指定する翻訳検定試験を受験して合格すること(専門的力量)、高等教育機関の卒業証明および必要な翻訳実績があることの証明(経験)
- 新規登録時に必要な書類:登録申請書(誓約含む)、検定試験合格証の写し、経歴書、卒業証明書等の写し、翻訳実績報告書、料金払込み記録、本人確認資料、顔写真。(それぞれ詳細は日本規格協会のホームページを参照されたし)
- 2年ごとに資格の更新が必要。(翻訳実績、活動の振り返り、重大苦情に関する報告)
- 言語方向は、日英、英日のみ(現状)
- 翻訳実績の提出には「翻訳実績報告書」(様式3)を提出する。(※注:日本規格協会ホームページには「翻訳活動報告書」というタイトルでリンクが張られています)
- この報告書は、発注者毎に作成する。2年または5年間に行った翻訳活動を記述する。
- そして発注元に証明を受ける。もしくは支払証明書写しを添付する。
- 更新時には、「継続的専門能力開発(CPD)実績」「2年間の活動の振返りと重大苦情等の記録」も提出が必要になる。
- 申請に必要な料金:例)APT新規:申請料 5,000円、登録料(2年分) 25,000円(金額は税別)
- 2019年3月31日までの新規申請者の新規登録に関わる登録料は無料。2年間に限って、登録料をいただきません。これは、翻訳者の皆さんに登録して欲しいため。そしてこの制度を評価していただきたい。万が一、意味が無いという評価になるようなら、2年後に更新しないという判断でも構わない。
- 登録された翻訳者は、ホームページで公開する準備を進めている。(公開情報は本人の希望)
6.全体質疑応答
- Q:翻訳実績報告書の記入例に関して、新規登録の場合、言語方向と分野を分けて準備すると理解しているが、記入例では分野の違うものを合算して良いようにみえる。これは、正しいか?
A:新規登録の申請では分野毎に準備するが、更新の時は同帳票上に合算してもよい。 - Q:最近、機械翻訳が浸透してきているが、機械翻訳を使って語数を稼ぐということがあっても、そこはチェックしないということか?どのように翻訳を行ったかを問わないということか?
A:機械翻訳を使い、十分な手を加えられたものということであれば、ダメとは言えない。 - Q:2年間、5年間の翻訳実績を証明する場合、社内翻訳者の経験は、実績の証明が難しいと思うが、CPDしか方法はないか?
- A:新規登録の場合は、CPDは使えない。責任者が証明してくれれば、それで証明になるが、他の方法の例を思いつかない。提案いただければ検討する。
- Q:派遣社員として企業内で社内翻訳をしているが、その経験はどう証明できるか
A:フルタイムでの翻訳業務へ就業していたことが証明できることで代替できる。契約書で証明できる。(回答:川村インターナショナル森口取締役)
Q:分野は?
A:分野は明記してもらう必要がある。就業先に証明してもらってください。(回答:川村インターナショナル森口取締役) - (他、社内翻訳のケースで、経験をどう立証するかの質問がされたが、個々のケースに対応する回答なし。)
- (質問者のコメント)試験なら点数ではっきりするので納得性があるが、経験はそれぞれのケースにより認められないところもあり、釈然としないところがある。
- ~~ここで日本規格協会担当者が規格の考え方を説明(細かなケースへ対応できない背景から)~~
- Q:支払証明書とあるが、過去の翻訳について翻訳会社に証明書を出してもらう必要があるか?もしくは、過去に得ている支払明細書をベースに自分で支払証明をつくることでもいいのか?
A:翻訳会社が発行したものだと分かるものであれば、支払明細書の写しでもよい。
Q:卒業証明書や支払証明書で、姓が変わっている場合は、戸籍などその繋がりを証明するものも必要になるのか?
A:何らかの繋がりが分かる文書が必要。 - Q:「高等機関が認定した翻訳の卒業資格」とあるが。
A:高等機関とは大学を指しており、それ以外の機関などの代替はない。 - 自分の力量/経験の立証責任は、申請する側にある。(というコメントをされていた)
- Q:官公庁・自治体でISOを要件とする動きはあるのか?
A:把握しておりません。
A:そういう動きはないが、品質の面から検討したいという動きはある。(回答:川村インターナショナル森口取締役)
Q:対象となる専門分野を増やす予定があるか?
A:増やしたいが、検定試験が実施できるかがキーになる。
細かなところで個人的に感じるところがいろいろとありました。
ISO17100認証=翻訳品質が良い…ではない。
講演の中でも言葉を選びながらお話をされていましたが、プロセスの管理、サービスの品質を管理するのであって「翻訳成果物そのものを評価するのではない」ので、「翻訳品質」が良いわけではありません。「高品質な翻訳成果物が得られる期待がある」…といった表現をされているのも、そういう認識があるからです。(「」内は登壇者の発言引用)
したがって、顧客の「あなたの会社、どのように品質を担保しているか?」という質問に対して、「ISO認証を受けている」という回答は、前者は「翻訳品質」を意図しているのに、後者は「サービス品質・プロセス品質」を指しているので、実はまったく噛み合っていません。
じゃ、ISOで品質は上がらないのかといえば、そうではありません。
そもそも翻訳物を実現するプロセスは会社によりバラバラで、特に品質保証プロセスは翻訳の品質へ直接的に影響を与えます。つまり、適当な工程設定しかやっていない翻訳会社では、ISO認証取得はできないはずです。そういった翻訳会社がISO認証取得するということは、ISO要求に沿った工程設定をしてプロセス管理するということになるので、ある一定以上の翻訳品質が担保されることになるでしょう。ただ、大手は昔からしっかりしたプロセスを持っていると推測されるので、ISO認証を受けたからといって特に品質が向上するということはないと思います。(なお、ここでいう「一定」は、その会社の中の一定であり、会社間での一定ではありません。そもそもISOでは、実現されない)
翻訳者登録制度の翻訳者へのメリットは?
メリットとして「翻訳者がトライアルから解放される」とありましたが、それは今後、この制度の登録翻訳者を翻訳会社やクライアント企業がどう位置づけて取り扱うかによって変わってくるだろうと思います。講演された川村インターナショナルでは、言及されていたとおり、既にホームページで大々的に翻訳者登録制度のAPT(Advanced Professional Translator)の方は、トライアル免除とうたわれています。この流れがほとんどの翻訳会社で定着するのであれば、翻訳者にとって大きなメリットになるだろうと考えます。
ISO17100の要求項目として翻訳者の「専門的力量」「経験」の立証が必要となり、そして翻訳者登録制度が生まれたわけですが、翻訳者視点で見るならば、この翻訳者登録制度をISOと切り離して考えてもよいと思います。プロ翻訳者であるという公的な証明となり得る制度として捉えてもいいでしょう。
説明会後の翻訳会社や翻訳者の反応はどうだったのでしょうか。帰り道でご一緒した某翻訳会社の経営者は、翻訳ISOの存在自体をご存じなかった。ある翻訳者さんは、登録料無料の間に登録してみるとお話をされていました。SNSでの反応もまちまちです。登録料無料期間が終了間際に登録しようという意見もあれば、実力試しの意味で登録を目指すという意見も見られます。一方で、メリットが感じられないので登録しないという方もおられますし、ISOやこの登録制度がどの程度定着するか懐疑的なので「静観」するという方や、新規翻訳会社をどんどん開拓するわけでもないので、営業ツールとして使う必要もないから、「静観」という方もいます。(参考:翻訳者登録制度に対する反響)
「さて、どうするか?」と悩んでいる方も多いのではないでしょうか。
翻訳者登録制度に登録しなければ、翻訳の仕事ができなくなるということは、ありません。そこは誤解しないようにしなければいけませんね。
「翻訳者にメリットがある」。はい、そう思います。ただし、それには前提条件があり、その条件が整えばです。この制度が市民権を得て業界の誰もが認め、どんな翻訳の仕事の場面でも、当たり前に取り扱われるようになって初めて、そのメリットが生まれると思います。逆にいえば、制度が始まったばかりの現段階で、そのメリットだけを口にするのは(制度を推進したい背景理由でもない限り)時期尚早に感じます。
これから先の動きを「冷静な目」で見ていく必要があるでしょう。
将来、この制度が業界の当たり前になったなら、登録翻訳者を優遇しない翻訳会社とは取引しないといった選択もできるようになるかもしれませんね。
翻訳会社の立場で考えてみる
さて、私が翻訳会社の立場で考えてみると、APTといえどトライアルを免除するという判断にはなりそうにありません。それはまず、APTがどんなレベルか分からないからです。また、一般化した試験と実案件の差は、どうしても何かで評価をしないと判断できません。えい!やっ!とトライアル免除としても良いでしょうが、最初の依頼案件をトライアルと位置付けて評価することになるでしょうし、その品質の振れ幅は当然大きくなるので、リスクが高くなる可能性があります。
また、当制度の登録翻訳者をレート面で優遇するかというと、それもしないと思います。あくまでも自分たちの評価に基づいてレートは決定するからです。
登録翻訳者をどう見る?
例えば、市場にいるすべての翻訳者を、その翻訳品質に従って積み上げたピラミッド形状だと仮定すると、ピラミッドをある高さのところでスパっと切った上の部分にいる翻訳者が登録翻訳者だろうと推測します。つまり、登録翻訳者を指名すれば、ある一定品質以上は確保できるということになります。ただ、その切口の高さが、顧客の期待する品質水準とどういう関係にあるのかはわかりません。そこが分からない限り、トライアル外しは難しいと思っています。