翻訳横丁の裏路地

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セミナー聴講報告:JTF翻訳セミナー「それぞれの翻訳品質」

10月13日、久し振りにJTFセミナーを聴講しました。かなり時間が経ってしまいましたが、興味を持ったことや感想など書き記しておきたいと思います。

タイトルは「それぞれの翻訳品質 ~発注企業、翻訳会社、翻訳者の視点から〜」

日頃から悩んでいる翻訳品質がテーマとあって、とても楽しみにしていましたが、期待を裏切らない内容でした。今回登壇されたのは、翻訳の発注企業、翻訳会社、翻訳者から以下のお三方で、一部パネルディスカッション形式で進められました。

  • パネリスト
    • 発注企業:上田有佳子さん(ネットアップ(株))
    • 翻訳会社:森口功造さん((株)川村インターナショナル)
    • 翻訳者 :高橋 聡さん(個人翻訳者)
  • モデレーター
    • 西野竜太郎さん((同)グローバリゼーションデザイン研究所)

最初にモデレーターの西野竜太郎さんが「翻訳品質に関する業界動向」のプレゼンをされました。ISO21999の話の後、西野さん自身が委員長をされているJTF翻訳品質委員会で「JTF翻訳品質評価ガイドライン」を作っていくという話がされました。これには私も非常に期待しています。誰でも参照でき、ガイドラインとなるものを、業界としてひとつ持てることの意味は、計り知れません。最後に「仕様」の話がされました。昨今、欧米では翻訳においても「仕様」という考え方が使われ始めているそうで、特に発注企業と翻訳会社の間で使われているようです。

この仕様の話を聞いて、まさしく私が過去の翻訳チェックの講演でお話ししてきたことに符合すると思いました。説明の中で取り上げられた仕様は、あれこれ一緒になっていて、これも仕様に含めるのか?というようなものも示めされていましたが、考え方自体は私が話してきた内容と同じです。また、この話は、この後に話しをされた翻訳会社の森口さんのプレゼン内容にも符合しています。

次に翻訳者の高橋さんがお話しをされました。会場に多くの翻訳会社関係者がいる中で、日頃、フリーランス翻訳者が感じている「言いにくいこと」をズバズバと言ってくれて、思わず、心の中で拍手。このセミナーは録画録音がないため、本音で話そうというコンセプトで進められていたようで、なかなかきわどいことも言ってくれたと感謝しています。

私が一番記憶に残ったのは、川村インターナショナルの森口さんのお話です。製造業の品質管理手法を取り入れられ、品質工学にも言及されて話をされました。すべてこちらの知る分野なので、説明されたことの裏にあること、何をされているかといったことも感じ取れたので、とても良く理解できましたし、軽い感動さえ覚えました。川村インターナショナルの品質保証の考え方は、翻訳会社として先端を行っておられるのではないでしょうか?それは業界の枠にとらわれずにものごとを考え、新たな手法も積極的に取り込んで活用し、品質保証に正面から取り組まれている姿勢に表れていると思います。

とても刺激的なプレゼンであっただけに、私の頭の中で一番ツッコミどころが多かったのも事実です。

「チェック工程を追加すると品質がブレる」という話をされていました。追加するチェックの工程設定をミスるとそうなってしまいますね。チェック工程の追加は、現状設定された工程が不充分なために発生するので、どうしてもその場しのぎの後付け的な工程追加になってしまうのだろうと予想します。したがって、チェックの特性を事前に充分に検討し、工程内容と設定方法を体系化しておくと良いです。加えて、工程追加の発生は現状の工程設定時のミスですので、何故抜けたのかを検討し、業務プロセスへフィードバックが必要です。

一番気になったのは「一般的なばらつき対処方法」の中で製造業と翻訳業を対比された資料で、製造業「(2)ばらつきの少ない部品を購入する。」に対し翻訳業「(2)ばらつきの少ない翻訳者に依頼する。」となっていたところです。翻訳者は「プロセス(工程)」と考えた方が良いので、対比の対象が合ってないと思いました。

製造業の部品製造は、材料もある一定の規格に入るように品質管理されたものを使用しており、また、部品の製造工程自体もばらつきを規格内におさえるために工程管理されていて、工程検査や出荷検査を行って最終的な品質が保証されています。そういった工程から生産される部品の品質的ばらつきが規格を外れる率はかなり小さいことになります。

一方の翻訳業ですが「翻訳者」は部品ではなく「プロセス」ですので、多分、正しく言い換えれば「(2)ばらつきの少ない翻訳物を購入する。」なんだと思います。こう言い直してみても、様子は製造業のそれとはかなり違っています。

まず、材料となる原稿、参考資料、翻訳メモリーなどが品質管理されている…ことがないのが多分実状だと思います。そして翻訳のプロセス(翻訳者の翻訳方法)は管理されているでしょうか?トライアル翻訳による単発的な出力確認はしているものの、継続的なプロセス品質を確認していないでしょう。翻訳物の品質をチェックしていても、工程管理まではしていないはずです。つまり、ほぼ何も管理されていない材料と工程を経てできあがる翻訳物の品質的ばらつきが小さくなるはずはありませんよね。これは、翻訳品質のバラツキをおさえるために管理すべき項目が認識されていないか、認識されていても管理されていない(なにもしていない)からだろうと考えています。

こういう状況を感じていたので、昨年の翻訳祭の講演で「翻訳品質保証マトリックス」を資料としてお配りしたのです。翻訳品質に影響を与える因子をすべてリストアップする過程で、翻訳原稿、参考資料などの材料や、翻訳者に求められる経験や知識、翻訳プロセスの継続的評価などが項目として挙がってきます。そういった因子をどういう基準でどの工程で保証するのかを決めていけば、「ばらつきの対処方法」を決定できるはずです。

この辺りの話は、今年の翻訳祭の10分ミニ講演の中でも触れるつもりです。

セミナー内容で特に記しておきたかったのは以上です。また次回、JTF翻訳品質委員会が主催するセミナーがあったら、参加したいと思います。

作成者: Terry Saito

某社翻訳部門の中の人です。 詳細は、以下のURLよりどうぞ。 https://terrysaito.com/about/

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