翻訳横丁の裏路地

We can do anything we want to do if we stick to it long enough.


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駅前駐車場から学ぶ、パート2

日本翻訳者協会(JAT)が発行している2015年の「翻訳者の目線」へ寄稿した「駅前駐車場から学ぶ」は、このブログ用に下書きした記事が元になっています。

その記事で紹介した駅前駐車場で、また金額を一日200円に変更するという告知が貼られていました。

そこから50mも行かないところに一日200円パーキングができて以来、朝見る車の量が激減したものの、平日なら日中はある程度、車の量が回復するようす。しかし、問題は多分休日なのでしょう。以前はほぼ満車になる休日が、最近、私が利用した範囲では「満」表示を見たことがなく、空きがかなり目立つ状態です。きっと、売上額に大きな違いが生まれ、値下げを決定されたのでしょう。

さてさて、今日のお話は、ここからです。

面白いのは、フェンスを隔てた隣に、同じく一日300円の時間貸し駐車場があり、そちらは利用する車の量にあまり変化が見られないのです。

隣の駐車場との違いは、その立地条件と規模。隣は駐車スペースが二倍越えの広さで、駅から通じる道の突き当たりにあって直ぐに分かる。それに、出入口が広い。一方、問題の駐車場は、隣の駐車場のフェンス沿いに細長い一本道が8mほどあり、その先にゲートがある。出の車がいると入れない袋小路な作り。初めてだと何処から入れば良いか見つけるのが容易ではない。大きな看板を立ててはいるがゲートの傍で、通りからは遠くて気が付かない。それに、通り沿いに隣の駐車場の大きな看板があって、そちらに目が留まる。

隣の駐車場が1日300円の価格ながら、駐車する車の数に大きな変化が見られない理由は、なるほどと理解できるものだと思います。

JATの「翻訳者の目線」では、「差が評価されるセグメントへ移る」というキーワードで記事を書きました。でも、上記の状況を見ると、顧客はコスト以外の何かに差を見出して利用しているのが分かります。立地条件の良さを積極的に利用する、もしくは悪さを克服する。顧客にすぐに見つけてもらう。分かってもらう。

立地条件を翻訳で考えれば、多分、取り扱える分野や得意分野、そんなところに話は繋がるのではないかと思います。そこを継続的に伸ばし深耕していくことが大切でしょう。そして、それらを効果的にアピールする。ブログでの発信やSNSでの発信なども大切ですよと、以前、「翻訳者よ、実名でブログろう」という記事を書きましたが、これは業界という大枠で捉えた場合の話で、そんな大きな枠でなくても、例えば、ある翻訳会社内という限られた範囲で考えてみても良いと思います。単価と品質が拮抗する翻訳者ゾーンにいるなら、何かしら差別化をする努力は必要です。自分の得意分野とその実力を上手く認識してもらうために、何か行動に移した方がいいでしょう。それは問合せの内容であったり、翻訳物に対するコメント付けだったりするかもしれません。会社訪問して説明をするという手もありかもしれません。

以前、遠方に住む翻訳者さんが上京されて挨拶に来られたことがありました。お顔を見ながら膝を交えて話をする。そこで過去案件の話や分野の話、得手不得手などいろいろと情報交換したことで、その翻訳者さんが担当できる分野イメージが明確になったことと、どの程度の実力をお持ちかを間接的に判断でき、仕事の依頼へつながりました。あがってきた翻訳物は期待を裏切らない素晴らしいもので、その後、継続的に仕事をお願いし、今ではなくてはならない翻訳者のひとりになっています。

どこまで行っても、「翻訳の品質」は優先順位第一位ですし、それが最高の営業ツールです。でも、それを顧客やエージェントに認識して貰うための手段は、あれこれ考えて実行する必要があるのです。袋小路に良い翻訳者がいたって、誰にも気づかれなければ普通の人と同じってことです。今の時代、SNSやブログという手段もありますし、ネット上の翻訳コミュニティもあります。そういう業界的発信と同時に、エージェントやクライアントとのコミュニケーションの中で実行できる営業手法も真面目に取り組むことが、とても大切だと思います。


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CAT使用を翻訳会社に言うべからず

翻訳の効率化や品質向上のツールとして、TRADOSなどの翻訳支援ソフト(CAT)を使用される翻訳者さんも多い事と思います。

CAT使用前提の案件を翻訳会社から積極的に請けるつもりがないのなら、取引先翻訳会社に「TRADOS導入しました〜」なんて、言わないほうが無難です。

ご存知のとおり、市場にはTRADOSレートというものが存在し、マッチ率によって翻訳単価が設定されています。TMの取扱いやファジーマッチの取扱いなど、注意して翻訳会社と交渉しないと、投入するリソースに対して低い報酬になってしまうというケースが生まれてしまいます。

翻訳会社にTRADOS所有を知られると、そういった案件の打診や依頼が増えていく可能性が高くなります(断れば済むことですが、断れない性格の方や、そういうことを煩わしいと思う方は避けるべきでしょう)。エージェントの立場で考えれば、「あの翻訳者、TRADOS持ってるって言ってたから、TRADOS案件を頼んでみよう」と考えるのは自然の流れです。

通常案件とTRADOS案件。その仕事の性格はかなり違ったものになるはずで、翻訳者としてどういう翻訳に携わりたいかを良く考えておきたいものです。


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無責任な情報発信は許されるか?

今日、47NEWSに「福島県HP、翻訳ソフト誤訳連発 そばは「side」」(魚拓)という共同通信の記事が出ました。丁度、1年前、「機械翻訳システムの無責任使用」という記事をアップしましたが、やっと、機械翻訳システムを使用したホームページの翻訳内容に、一般利用者からクレームが出ていることが顕在化してきたようで喜ばしい限りです。

記事で触れられているとおり、福島県のホームページでは外国語のページの内容について、以下のような免責のコメントを表示しています。

翻訳の精度による間違い等があったとしても、福島県では一切の責任を負うことができませんので、あらかじめご了承ください。

一方で、47NEWSでは以下のように言及しています。

県は原発事故の風評払拭に向け、海外への正確な情報発信を「喫緊の課題」と位置付けている。ただ、誤訳は農水産物の出荷制限解除など正確さが求められる部分にも及んでおり、県の姿勢が問われそうだ。

つまり、多言語ホームページの扱いがチグハグであるということです。「情報発信を重要と位置付けているが、発信している情報には責任を持たない」ということと同じだからです。以前のブログ記事に書いたとおり、ホームページは「情報発信」を目的としたものです。すなわち、その情報は正確なものでなくてはならないわけです。ましてや公的機関や企業が発信する情報であれば尚更のこと。そういう性格を持ったホームページに対して、「情報には間違いが含まれている可能性があります」という免責文を入れたとしても、公表していること自体に責任が伴うのではないかと思うのです。多少なりとも道義的な責任はあるのではないかと思うのです。

また、情報の正確性を放棄している時点で、情報発信の意味が無くなるわけですから、なぜ、そのような情報発信にお金を払っているのか?という事になります。(この記事の場合は「税金」と言う事になりますね)

我々も、自分達の自治体のホームページが同様の状況にあるようなら、「発信している情報に間違いがある」というクレームをしていくべきなんでしょうね。免責を口実にされたら、「じゃ、なんでそんな意味のないものに税金を投入しているのか?」と問い質していきたいものです。


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効率化の何が悪い!

先日、ネットを渡り歩いていたら、とある記事に目が留まりました。「世の中、効率化が持て囃され、右も左も効率化、効率化。人生にまでも効率化を持ちだす人がいる。果たして効率化は人を幸せにするのだろうか?」というような事が書かれていたと思います。

この記事を読んで咄嗟に頭に浮かんだのは、「この記事は、効率化で生まれたリソースの余裕を、どう使うかを理解していないから、こんな頓珍漢な問いに繋がってるんだ。」ということです。

生み出した余裕リソースを必要としない(使う充てがない)のなら、効率化なんてする必要はないですものね。

「効率」ってなんでしょう。新明解国語辞典には、こう書かれています。

【効率】
その事をするのに消費した労力や時間から見た、成果の程度。

つまり、効率化とは、効率を高くすることですから、投資する「労力」や「時間」に対する「成果」を高くすることです。簡単に言えば、一石二鳥、もしくは 半石一鳥にしてしまうということです。「手間」「お金」と「時間」を主たる効率化の対象として改善するのですから、当然、他の事に充当できる「時間」と「お金」をたくさん得ることができるわけです。

さて、この時間とお金、何に使います?

収入を得るために仕事をするというのも良いですし、日頃できない改善活動への投資に使うというのもいいでしょう。人生を豊かなものにするために、余暇に投資するのもいいでしょうし、何もしない日を一日作って、旅館で読書でもしながらボンヤリ一日過ごすのもいいですよね。効率化することと投資する事はセットで考えることが大切だと思います。仕事ばかりに投資しようと考えるから「効率化は人を幸せにするのか?」というような発想が生まれるのだと思います。それとも、一日ボンヤリする事は非効率だからと考えているから?でしょうか。積極的にボンヤリする時間を持つために、他を効率化するのです。幸せな人生のために。自分の時間の価値が高まります。

経験上、効率化って忙しいときの方が効率的に効率化できます(笑)。効率化のアプローチは「(1)同じ事を速くやる」「(2)方法を変えて速くする」「(3)やめてしまう」などいろいろありますが、私の場合は(3)を考え、(1)を行い(2)へ移行するという流れが多いように思います。
翻訳という仕事は、時期によって(?)仕事の量に山谷があり、忙しくなるとなかなか時間の融通が利かなくなります。効率化の検討を行うにはリソースが必要で、忙しいときはそのリソースを作り出せず、なかなか効率化を進められないものです。ただ、そういう多忙時期は業務上の問題点が具体的に認識できるようになり、効率化のネタをいくつも出せるようになります(問題意識がなければダメですが)。

私が今の仕事を始めた時は、まさにそのような状態でした。仕事に追われる状態ですから、効率化を検討する時間が全くありません。まずはきっちりしたタイムマネージメントを行い、そして(2)(3)を検討する時間を作り出すために (1) を必死で行いました。そして、1日に15分程度の時間を捻出し、その時間を使ってあれこれと効率化の検討をし、不要と思われた仕事を止めてしまったり、方法変更を検討して、そのための仕掛け作りをやっていきました。すると当然、効率化が進み、時間にさらに余裕が生まれてきます。これの繰り返しを続ければいいのです。結果的に、ひとりで取り扱える仕事量を1.5倍までアップする事ができました。もし、これがフリーランス翻訳者だとしたら、同じ時間で売り上げが1.5倍になるって事です。余暇は同じで収入が増える。人生楽しめそうではないですか(笑)

「効率化」を何か、人の心を貧しくするようなもの…という印象を持っている人もいるようだけど、私は全くそう思っていませんというお話でした。


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構え過ぎずに付加価値

毎朝立ち寄るセブンイレブンで、熱い缶コーヒーに冷えたヨーグルトドリンク、そして菓子パンをひとつ買うのが習慣になっている。

概ね店員から「お袋をおわけしますか?」と聞かれるのだが、もったいないので最初から「袋は一緒でいいです」と聞かれる前に申し伝えている。

さて、あなたならこれらの三品をどう袋詰めしますか?

そのセブンイレブンには、その時間帯、三名の店員がいて、二人はアラサーと思わしき男性二人、そして四〜五十代の女性がひとり。この三人の対応の違いが接客業における「気遣い」の大切さを感じさせられる。

ひょっとすると店長?なのかもしれないその女性の詰め方は、温かい飲み物と冷たい飲み物をくっつけて並べて入れ、その横に菓子パンを入れる。いつもそうで、今朝もそうだった。

一方、茶髪でいちばん若そうな男性は、日頃から見ていても動きに無駄がなく、計算された動作をしているのが伝わってくる。何しろ動作が美しい。その男性の詰め方は「ふたつのドリンクの間に菓子パンを挟み込む」形だった。お分かりの通り、温かい飲み物と冷たい飲み物がお互い影響して冷めたり温まったりしないように菓子パンを断熱材のように使ったのだ。

このふたりの違いは、個人の意識の差から生まれたものだが、サービスという意味で大きな違いを生み出している。掛かる工数に全く差はなく、サービスとして大きな差を生み出している。

こういう些細な気遣いで付加価値を高められることは、意外と多いかもしれないと感じた。自分の身の周りを少し気を配って見直してみたい。