翻訳横丁の裏路地

We can do anything we want to do if we stick to it long enough.


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辞書を引いたら機会を有効に

今日、調べ物をするのにいつもの様に辞書を引いてつらつらと読んでいたのですが、ハタと思ったのです。翻訳者さんや語学の勉強をしている人が当り前に行っている事でも、実は役に立つ情報なのかもしれないと。なので、語学勉強されている初心者さんを対象とした記事を、ちょいと書いてみる事にしました。

知らない言葉や単語を調べたり、知識の確認のために辞書を引くことは当然皆さんがやられている事だと思います。その調べるきっかけは何でしょうか?

洋書を読んでいて?英字新聞を読んでいて?街の看板を見ていて?英語の宿題をやっていて?CNNを見ていて?友達と話していて?

さまざまなきっかけがあるでしょうね。その言葉を辞書で調べる事を「機会」と捉えると、次にその言葉を調べる機会にいつ出会えるか?…わかりません。であれば、その言葉との出会いを大切にして、徹底的に辞書を読んで関連する品詞だの派生語だの、辞書に書かれている情報を知識として徹底的に取り入れましょう…という事です。

時間が無い時は別として、少なくとも調べた単語の部分は全部読む。それからその単語の前後の単語も読む。

全部ですよ、全部。発音記号から例文まで全部。

私はスペルから発音を覚えるようにしている(完全にイコールではないが)ので、発音記号とスペルを繰り返し見て頭に入れます。周りに人がいなければ口に出してます(笑)

何故こんな事をしているかと言うと、発音から正しくスペルアウトできるようにという考えからです。在米時代からやっていた事ですが、社内翻訳者になってからは徹底的にやりました。

スペルミスというのは翻訳者にとって余りにも恥ずかしい間違いです。スペルチェッカーがあるではないか?という考え方があると思いますが、その発想は「間違ってもいい。あとでチェッカーで引っ掛けて直せばいい」という後追いの考え方で、とても危険だと私は思います。

品質管理的発想からすれば、不良は作って直すのではなく、不良を作らないのが最良の品質管理です。

すなわち、スペルミスは最初からしない。そういう発想で取り組む事が大切だと私は思います。

社内翻訳者時代のピーク時は、猛烈なスピードで英文をタイプしていても、途中で「おかしい」と気付き修正できていたので、完成品をスペルチェック掛けても殆どスペルミスは見つからないような状態でした。今は、全然ダメなんですが(笑)

今は電子辞書ですから、辞書が喋ってくれますね。発音をチェックしながら練習もできるのですばらしいです。え?読み書き専門だから発音はいらないって?…。人それぞれの考え方でしょう。でも、少しの手間で知識の幅が広がるのです。また巡り合えるかどうか分からない機会なのですから、徹底的…が身になりますよね。

例文は私にはありがたいお経のようです。繰り返し目で追います。実例ほどありがたいものはありません。

辞書って本当に読み応えがあります(笑)。見渡しのよさからすると、調べた単語しか表示されないような電子辞書はダメです。ちゃんと紙の辞書のように前後の単語も出てきてくれる奴を選びましょう。

1つの機会でより多くの知識を。言葉との出会いを大切に。

 


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I have a dream.

「I have a dream.」

そう、あのマーティン・ルーサー・キング・ジュニアの演説に登場した一節だ。

私はこの言葉がとても好きである。

心で繰り返すだけでキング氏の演説を思い出し、心が揺さぶられる思いがする。

心で繰り返すだけで、自分の思いが滲み出てくる。

心で繰り返すだけで、その言葉のシンプルさに反した、その背景にある人々の想いに涙腺が緩む事がある。

私には夢がある…文字にすると何とも薄っぺら。それだけの意味にしか捉えられない。でも、その裏に隠れた強い思いがある時、言葉を超えた意味が伝わってくる。

翻訳や通訳って、これを伝える仕事だと思う。字面じゃ駄目なんだ。君の想いと気持ちを伝える時、言葉を慎重に選ぶだろ?それと同じさ。

原稿の作者の想いと気持ちを汲み取り、我々の技術で上手く伝えて上げよう。そういう意識が我々の仕事では大切だよね。


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警戒すべきは「慣れ」

7月から入った新しい翻訳コーディネータさんに、指示をしながら仕事を進めて貰っているのだが、色々と話をする中で、彼女が感じた問題点や疑問を聞いていると、『そう言えば、私も同じ事を感じ、考えていた』事を思い出す。

それらは事業的、業務的事情から納得した上で回避策を講じて対応している内容もあり、改めて「何故なんでしょう?」と問われると、そうだよな、理想的姿からすると宜しくない…と気持ちを新たにさせられる。

日々の仕事に追われる事は、気付かずに心に慣れを生んでいる。物事を理解はしていても心にない。これでは何も知らないのと同じ事ではないか。

私自身としては、この新しい翻訳コーディネータさんとの会話をとても楽しんでいて、こういう自らの気持ちに喝を入れてくれる彼女の発言に感謝している。

この大切なコミュニケーションで気付かされた事は、しっかりと心に留めて仕事に反映させたいと強く思う。


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「アインシュタイン その生涯と宇宙(下)」の翻訳騒動

「アインシュタイン その生涯と宇宙(下)」に関する翻訳内容に関してネットを賑わせているが、出処はアマゾンのレビュー。

酷い翻訳内容の実際を紹介した投稿と、そこに翻訳者からの説明が投稿されている。

この投稿をきっかけにいろいろな議論が生まれているようなのだが、翻訳者の説明に「機械翻訳」というキーワードがあったために、機械翻訳の是非やら、機械翻訳の質に対する一般の人々の認識を問題にしている議論もあり、少々違和感を持っている。

そもそも、機械翻訳を使った翻訳文をそのまま商流ベースに乗せる事自体が、分野を問わず、あり得ない事なのだから。

翻訳者の説明がすべて正しいとするならば、問題は、本来、世に出る筈もない質の翻訳が、出版社のずさんな内部品質管理と社内組織の問題で、書籍として商流に乗ったということだろう。

疑問なのは、編集長が社長に出版の再延期を申し入れたのに断られた…という点。

社長が申し入れを断った理由がどこにあるのか?

社長が13章を読んで驚愕したというくだりがあるところから、社長は事態を正しく認識していなかった可能性がある。販売延期を申し入れした際の編集長とのコミュニケーションに問題があるのだろう。

編集長が問題点を正しく社長に伝えたのか?…伝えられない様な社内の雰囲気が出来上がっているのではないか?
社長も、再延期を申し入れられているのは、余程の事情があるのではないか?と親身に傾聴したのか?が大いに疑問である。これは経営者としてはリスクマネージメントができておらず失格だろう。

今回の件で、出版社はどんな対策を取るのだろう。その内容如何では、翻訳本に限らず、この出版社の本を買うにはそれなりの覚悟が必要そうだ。


4件のコメント

100%マッチはマッチしてない

翻訳支援ソフトを使っていると、マッチ率100%のものが、自動でどんどんと訳文に置き換えられて行く様は、壮観で一種、気持ち良ささえ感じる。

そう思います?

取り扱う文書の種類によるのは勿論ですが、私は怖くて仕方ありません。

言葉をデータとして照合してマッチしてる…だけであって、コンテキストがマッチしてるかどうかは分からない。
(なので100%マッチでも確定させない設定などを意識的にしてみる)

意識面で言えば、盲目的に信じるのではなく、常に疑いを持つと言う事が大切。

得てしてツールと言うものは、使っているうちに目的を見失い、ツールを使う事を目的にしてしまいがち。

「100%だからノーチェックでOK」なんて間違っても考えてはいけないと思います。(勿論扱う文書によります)

今一度、自分の意識を正す意味で書いてみました。