翻訳横丁の裏路地

We can do anything we want to do if we stick to it long enough.


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訳文基準は品質劣化を生む

翻訳料の計算には、おおまかに二通りの基準があり、原稿の文字数やワード数で計算する「原文基準」と、翻訳後の訳文の文字数やワード数で計算する「訳文基準」です。

日本語英訳の場合を例に取ると、日本語原稿の文字数で計算するのが「原文基準」、翻訳後の英文のワード数で計算するのが「訳文基準」と言う事になります。

訳文基準は、まだIT機器のない時代に、原文の分量把握が難しいため、和訳した原稿用紙の枚数をカウントして料金計算した名残りだと理解しています。(間違っていたら教えてね)

今では簡単に原稿分量を計数できるようになり、業界の翻訳会社の計算方法も徐々に「訳文基準」から「原文基準」へ移行しています。日本翻訳連盟の業界調査報告「翻訳白書」によれば、未だに「訳文基準」を採用している翻訳会社は、2008年調査で約5割だったものが、2013年調査で約4割と減少してきています。

この「訳文基準」ですが、私のように翻訳の品質を考える立場の人間にとっては、誠に好ましくない計算方法なのです。

「訳文基準」の意味は、前述の英訳の例であれば、翻訳された英文のワード数をカウントして報酬を計算すると言うことです。

つまり、ワード数が多ければ多いほど、報酬が増えるのです。

さて、ここで品質の良い英訳(に限らず翻訳)とは何だろう?と考えてみて欲しいのです。簡潔で意味が的確に伝わり、読み易く分かり易い訳文だと思うのです。そうすると、冗長な文章ではなく、キュッと引き締まったコンパクトなものになる筈です。つまり、翻訳の品質を追求すると、概ね短いものになって行く…文字数やワード数が小さくなっていくものです。

「訳文基準」が持つ「文字数やワード数が多い方が報酬が増える」という性質は、翻訳品質の面でマイナスに作用する事になり、翻訳の計算基準として好ましくないと言う事になります。

実際、意図的に冗長な表現を多用して分量を水増ししようとしている訳文に遭遇した話も聞きますし、報酬を増やすためにそうしていると憚らずそういう発言をする翻訳者の話も耳にします。こういう話は翻訳者として悪質だとは思うものの、「訳文基準」の計算方法が持つ性格上、避けては通れないものだと思います。

また、訳文基準は価格の不透明感を顧客に与えるという弊害もあります。原文の大凡の分量から、係数を掛けて訳文分量を見積もり価格提示する訳ですが、完成した訳文分量とイコールになることはなく、常に見積額と請求額に差が生じる事になります。これが原文基準であれば、「見積額=請求額」となり、とても透明感のある価格体系となります。

翻訳会社は、翻訳品質を大切と考えるならば、早急に原文基準へ移行するべきだと思います。

また、翻訳を購入するクライアントは、訳文基準で価格提示している翻訳会社は、翻訳品質に対する意識が希薄かもしれないと言う判断の材料にしてみると良いでしょう。


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二度と翻訳をご依頼頂かなくて結構です。

来週末の準備云々でやる事が山積の今日、TACのセミナーも断念したのに、こんなブログ記事を書いている場合ではないのだが、たまたま Facebook で流れてきたある方のブログ記事を見て、書かずにはいられなくなった。

それは「お客様、もう二度と来ないで下さいね♥  」というタイトルで、帽子山宗(ぼうしやまたかし)さんのブログの記事です。

私の考えている事と全く一緒。これを翻訳業界に落とし込めば、お客様とは、翻訳者から見た翻訳会社、翻訳会社から見たクライアントという事になります。

機会ある毎に私も「お客は選ぶべし」と言っていますが、「お客の選択は、自分の選択と同じ」と考えるからです。

提供する仕事/サービスの価値を正しく評価してくれるお客様を、より多く獲得する手段にもなり、そう言ったお客様には同じ価値観を持った横の繋がりから、自分を選んで頂けるお客様が増える可能性も出てくる。勿論、お客を選ぶ以上、自分の提供する仕事の価値を明確に位置付けする事が大切ですし、その質の向上に日々努力をする必要があります。自惚れだったり、自己満足な価値観では、お客様が付かないのは当り前ですよね。

私の経験から見ても「どうせ、下請け」…そんな意識が世の中には蔓延っています。翻訳者に対しては一部の翻訳会社、翻訳会社に対しては一部のクライアントがそんな意識で対応している。一方的で無理難題。暴言上等。お客様だからとそこを我慢したとしても、提供した翻訳の価値なんて分からず、よって、支払っている報酬が高いと常に感じている。あれこれ理由をつけて支払いは極力抑える。

そういうお客様と継続的に取引したいですか?

お互いがお互いをサポートする事で仕事が成し遂げられる。そういう対等な関係があるべき姿ではないかと思うのです。お金を払う側は、提供されるサービスを受ける対価として費用を支払い、サービスを提供する側は、最高のサービスを提供する対価として報酬を受ける。その双方の評価と価値観がマッチした相手と仕事をする事が、更なる良質なサービス提供へ繋がるでしょうし、単価のアップへと繋がるのだと思います。

私は以前から、顧客要求を手放しで受け容れたり、受け容れる事を当り前とする風潮に疑問を感じています。新人コーディネーターにそういう感覚を見ると「何も考えていない」とさえ思ってしまいます。「お客様は神様です」の言葉の意味を誤解している人が多い。そもそも自分にとっての「お客様」とは何か?というところから考えるべきだと思う。そして、自分の仕事は何か?をよく考える必要がある。自分の提供する仕事が何か。そこにしっかりした考えを持たなければ、本当のお客様が分からない。

翻訳会社を選別すると言う意識」でも書きましたが、相手が我々を仕分けているように、我々も顧客を仕分ける事が必要です。その目を持つことが必要です。つまり、自分の仕事が何かをしっかりと考えることが必要ですね。


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JTF翻訳ジャーナル No.272 2014年7月/8月号公開

JTFJournal272-s

日本翻訳連盟の「JTF翻訳ジャーナル」7/8月号が公開されました。

私のコーナー「翻訳横丁の表通り」

今号の私のコーナー「翻訳横丁の表通り」は、実務翻訳者 中野真紀さんに「こだわりのない翻訳者のこだわり」というタイトルで執筆頂きました。

今号のお勧め記事

2014 年度J T F 定時社員総会基調講演「日本の翻訳産業の実態 ~第4回翻訳業界調査結果報告~」の報告記事が掲載されています。調査結果のアウトラインが分かると思います。

無料でお読み頂けますので、皆さん、是非、お気軽にアクセスしてお読み下さい。

JTF翻訳ジャーナルWeb


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翻訳会社は質の高い翻訳者を使うと損するのか?

確か先月の事だが、ある方のブログを拝読していて標題のようなコメントを読んだ。

質の高い翻訳者へ支払う翻訳料は高額であり、クライアントへの売価が固定されている条件下では、そういった質の高い翻訳者へ仕事を委託すると利益を圧迫するため、自ずと単価の低い、質の低い翻訳者へ依頼する事になる…と言うのが、そのコメント趣旨だったように思う。多分、一般的にはこういう認識の方が多いのだろうと思うので、それは少し違うよ…という事をお話ししたい。

上記のコメントは「翻訳料+利益=売価」という非常に単純な認識で言及されていると思う。

最終的な翻訳売価には、オーバーヘッドなど色々なコストが乗っかっているのはご存知の通り。ただ、ここでは翻訳の質と翻訳売価の関連性が主題なので、翻訳の質で影響を受けるであろうコストだけを考えてみたい。まともな翻訳会社であれば翻訳工程として、翻訳者が行う一次翻訳の後に、チェック、リライトの工程を持っていると思う。チェッカーや校正者によって行われるこれら作業は、概ね掛ける時間によってコストが決まる。また、その時間の長さは一次翻訳の質によって大きく違う事になる。

翻訳料+後工程コスト+利益=売価

こういう単純化した式で考えると良いと思う。つまり、良い品質の翻訳品であれば後工程コストが小さくなり、質の悪い翻訳品であれば後工程コストが大きくなる。レートの高いインハウスのチェッカーや校正者を使っている場合では、(質の高い)高額翻訳者と(質の低い)低額翻訳者の一次翻訳コスト差を、後工程コストが簡単に逆転する事になるだろう。

つまり、単価の高い翻訳者に頼まないで単価の低い翻訳者へ頼めば利益が増えるので、単価の低い翻訳者ばかりへ依頼する…なんて事にはならない。まともな翻訳会社はそんな事を考えないし、やらない。チェックもリライトも「修正・訂正」作業であり、一次翻訳の基本的な質を覆せない。そこまで酷ければ訳し直しとなり、一次翻訳のコストだけで倍掛かってしまう。一次翻訳の質が非常に大切なので、品質のいい翻訳者さんへ依頼する方が総合的に見ても「得」。

「質」の話しは以前から何度も言及しているように、判断する「基準」が大切で、そこに認識の違いがあるから問題となる。「酷い質の翻訳が納品された」のであれば、翻訳会社と基準の確認と調整をするべきだと思う。その上で継続して質の悪い翻訳品が納品されるようであれば、その翻訳会社との取引は止めるべき。世の中の翻訳会社が全て同じであり、同じ質のものを提供していると考えているようであれば、それは明らかに「幻想」だと思う。自分達の求める質やコストで翻訳サービスを提供する翻訳会社を探し出す事が大切だ。

 


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翻訳会社を選別するという意識

今週、某SNSで久し振りの消費税転嫁の話題を読み、その方の翻訳会社に対するスタンスに軽い疑問を感じつつ生活をしていました。昨夜、通翻クラスタの担々麺倶楽部会合(笑)から帰る電車の中で偶然聞いたトミーラジオ(仮称)で、翻訳会社から翻訳者へのフィードバックの話しがされて、それについて考えていたら、先の疑問が再び頭に浮かんだので記事にしておこうと思います。

それは、翻訳者も「翻訳会社を選ぶ」ことにもう少し真剣であっていいのではないか?ということです。言い方を変えれば、取引先評価をちゃんとやって、取引することを決める、取引を停止する、取引を継続するなどの判断と対応を「ビジネス的意識」でちゃんとやるべきだと思うのです。

その評価の対象となるものは、いろいろあるでしょう。例えば、支払いが漏れること無く期日までに行われるか、翻訳依頼時に単価と納期を明確にして指示しているか、発注書を事前に送付してくるか、振込手数料を翻訳会社が負担しているか、消費税を正しく転嫁しているか、法律や規則に違反していないか、道義的に問題ない経営をしているか、コーディネーターの対応はどうか、翻訳の瑕疵を正しく理解したクレームをしてくるか、必要な情報は問い合わせる事無く提供してくるか、質問をすればタイムリーに返事をくれるか…などなど、挙げればキリがありませんが、そういった指標と基準を自分なりに持った上で、翻訳会社の対応を注意深く見て判断し、行動すべきだと思います。

昨年、日本翻訳連盟が行った業界調査が「翻訳白書」として発表されていますが、会社規模が年間売上1000万〜3000万のレンジにある翻訳会社が増加していたと記憶しています。これはある意味、業界慣れしていない翻訳会社がぞろぞろと増えているのではないかと想像するのです。つまり、業界のコモンセンスが崩れ、極端にいうと、思いもよらない姿勢/論理で翻訳者さんへ対応しているところが増えているのではないかと懸念しているのです。

それ故に、翻訳者さんの側も、しっかりと考えて、調べて、学んで、そして翻訳会社を見極める目を持って「翻訳会社を選別」して欲しいと思うのです。

トミラジで話題になったフィードバックの話しは、世間的にフィードバックをしてくれる翻訳会社が少ないね、でも、ちゃんとフィードバックしなくちゃいけないよねという話しだったのですが、それを聞いていて私が考えたのは、「フィードバックをする・しない」だけをとっても、その翻訳会社の姿勢が判断できるということです。また、フィードバックをしてくれる翻訳会社の場合、そのフィードバックの内容を「翻訳会社の評価」の材料に使えると思うのです。(というか、評価材料に使ってやる!くらいの意識でいて欲しい)

時々聞くのは、頓珍漢なフィードバックで対応に苦慮している翻訳者さんの話しです。「翻訳会社」という看板を掲げている以上、翻訳会社は翻訳のプロであるべきです。そのプロが恥も感じずに上から目線で頓珍漢な翻訳の指摘をしてきたとしたら、あなたならどう考えますか?「この翻訳会社は本当に翻訳のことを理解しているのだろうか?」もっと言えば「この翻訳会社は正しく翻訳の価値を評価できないのでは?」「私の翻訳は正しく評価されているの?」と思いませんか?勿論、判断をするということは基準があってのことです。ご自身の判断の基準が間違っている可能性もあります。だから、その擦り合わせが大切なのです。そのプロセスの中で「上から目線」とか「基準の押しつけ」はあってはならないと思うのです。

自分の翻訳が正しく評価され、それに見合った適正な単価で支払いがされ、世間的にも業界的にも正義を持った経営がされている、そして共に必要とされるパートナーとして仕事ができる、そんな翻訳会社を取引先としてより多く持つために、翻訳会社を見極める目を育む意識、翻訳会社を選別する意識に少し注意してみて欲しいなぁと思います。