翻訳横丁の裏路地

We can do anything we want to do if we stick to it long enough.


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翻訳の分かる顧客の比率

以前から、翻訳の分かる顧客はどれくらいいるのだろうか?を知りたいと思っていて、何か知る手立てはないものかと考えています。

先日たまたま目にした某翻訳会社が行ったリサーチデータを「翻訳の分かる顧客」という視点で逆算してみると、翻訳の分かる(と推測される)顧客の比率は18%〜27%程度。もちろん、分野や文書カテゴリーに偏りのあるデータと思われることと、「分かっているつもり」のデータも含まれていると想像されることから、鵜呑みにするのは危険ではあるものの、ひとつの指標として私の頭にインプットしました。

私の体感的には、これよりもっと少ないと思いますね。この数字の半分、いや、10分の1くらいではないのかなぁ。

データソースを明かさないと信憑性がない。はい、その通りです。そこも汲み入れて読んでください。

この数字の意味するところは、いろいろあります。ひとつは、翻訳者さん達が目指している「良い翻訳」を必要とする顧客がこれだけいる可能性があるということです。質が良ければそれに見合った価格で購入してくれるかもしれない潜在顧客ですね。私もこういうお客様と仕事をしたいと願っています。

数字を反対側から見れば、翻訳を知らない顧客が大多数。翻訳業界の一部の構造が成り立っているベースは、そこにあるかもしれません。このことは、また別の記事にしたいと考えています。


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【受講報告】遠田先生の英訳セミナー「翻訳の付加価値を高める」

6月18日(土)にサンフレア・アカデミーで開催された遠田和子先生の英訳セミナー「翻訳の付加価値を高める」に参加してきました。

事前の翻訳課題が4問出されるのですが、それぞれの課題に対して「翻訳する時に工夫したこと」を記入して提出します。それらを題材に1問づつ、出席者を巻き込みながらポイントを説明しつつ解説されました。問題ごとに席の近い2〜4名で議論するのが面白かったし、結構ためになりました。自分の考えたこと、他の方が考えたこと、先生の考えること、そこから自分に足らなかったことや新しい気づきが得られます。個人的に思ったのは、これ、トライアル翻訳の問題みたい(笑)ということ。

講演の中身は詳しく書けないですが、事前課題には「機械翻訳と差別化するために何をなすべきか?」に類する設問もあった点から考えると、このセミナーの背景には、機械翻訳の進化が進む中で、人間が翻訳することの意味と価値を問いかけ、人間だからこそできる翻訳を目指すためには何を考えて何をしなくてはならないか?を伝えようという思いがあるのだと思いました。

思い返せば、昨年の翻訳祭では「MT Live ~機械翻訳の担うべき役割~」というパネルディスカッションに遠田先生はパネリストとして登壇されて孤軍奮闘されていた(概略は上記リンクを参照)。懇親会で遠田先生が仰っていたが、この時の経験が今回のセミナーを行うきっかけになったそうです。

今回、あれこれと他のイベントも目白押しの中、このセミナーへ出席して本当に良かったと思う。投資したリソース以上の学びと気づきがあった。今まで、どちらのアプローチが正しいだろうかと悩んでいたところがスッキリしたし、少しブレのあった自分の指針がカッチリ定まった気がします。

何か行き詰まりを自分の翻訳に感じている方、このセミナーを受講されると良いと思いますよ。

 


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日本翻訳連盟の理事に就任しました

2016年6月8日に開催されました(一社)日本翻訳連盟(JTF)の定時総会において選任いただき、理事に就任いたしました。

新任理事は三名おりますが、そのうちの一人は帽子屋さんでおなじみ、高橋聡さんです。
(この記事は高橋さんの記事に促され、書いています(笑))

今まで日本翻訳連盟とは、JTFジャーナル委員を4年、翻訳祭への登壇3回、JTFセミナーへの登壇1回と、過去5年でいろいろと関わってまいりましたが、いよいよ中の人になります。私は個人翻訳者という立場での理事就任ですが、翻訳会社の中の人間でもあり、双方の立場で物事を見ていきたいと考えています。「叩き上げ」のテリーだからこそ、できることがきっとあるはず。そう考えながら、少しでも「変化」を生み出せたらいいなと思っています。

今年度は、広報委員および翻訳祭委員もいたします。「何かJTFが変わってきた。今年の翻訳祭は違う。」そんな風に感じていただけるように微力ながら頑張っていきます。


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昔、英語学習で心掛けたこと

東京ほんま会メンバーと雑談をしていたら、自分が渡米した頃に英語学習で心掛けていたことをボンヤリと思い出した。当たり前のことばかりなのだが、参考にブログ記事にしてみようと思う。

渡米前はまったく英語のE文字(笑)もできなかった人間なので、どうすれば早く英語を習得できるかをいろいろと考えたわけです。

子供はどうやって言葉を学ぶ?

英語漬けの環境という英語学習には最高の環境を手に入れるのだから、有効に活用しようと考えるのは当然ですよね。

目に触れるものや耳から入るものすべてが英語なのですから、きっと赤ん坊が言葉を学ぶ時のようなアプローチが取れるはずと考えました。そもそも我々が赤ちゃんの頃に日本語を学んだのも、見て聞いて会話して相手の反応をみて、イメージとして言葉を理解していったわけです。英語を頭でなく身体で覚えるには、それが必要だろうと考えたのですね。

言葉という厄介なもの

ただ、イメージで理解するには相当量の情報インプットとコミュニケーション、そしてそれらを高速に処理して蓄積できる高性能なプロセッサ(つまり頭の能力(笑))がないと成立しないので、どうしても辞書に頼るしかありません。当時は、研究社新リトル英和辞書の裏表紙と和英辞書の表表紙を両面テープでくっつけて、背をガムテープでガッチリ止めたものを今のスマホ並みに常に持ち歩いていました。

生活のあらゆる場面で辞書が必要になるのですから、これくらいコンパクトでいつでも持ち歩ける辞書の方が都合が良いのです。もちろん、自宅で勉強するときはちゃんとした辞書を使いますし、英英辞書も使います。

分からない単語は片っ端から英和辞書で調べるわけですが、この時、時間の許す限り全部読む。ひとつの適切な解釈に辿り着いても、とにかく全部読む。そうしないと、その言葉のイメージが正しく把握できないからです。日本語で言葉の意味を知っているが故に、辞書にあるひとつの訳語(日本語)に頼ると言葉のイメージを間違えて覚えてしまう。言葉が1対1で対応する事なんてあり得ないですから注意が必要です。規模は違えど今も同じやり方で辞書は全部「読んで」います。翻訳者の方なら多分当たり前にやっていることでしょう。

全部読む目的は他にもあって、「新しい言葉との出会いを大切にする」ことを念頭に置いていたからです。その言葉にまたいつ出会うか分からない。出会いを大切にして可能な限り全部読んで身に付けようと思ったのです。また何度も調べるのは非効率だと思い、一度に全部読んで把握しようと考えていました(実際は何度も調べるんですよ、頭に入らないので。大切なのはそういう意識を持つこと)
(参考:過去記事「辞書を引いたら機会を有効に」)

テレビや本という強い味方

強烈に興味のあるものでなければ「もっと知りたい!」という欲求が生まれませんよね?時にマンネリになったり、やる気を失いがちな言語学習ですから、楽しんで英語が入ってくる方法が理想的。当然、いきなり難しい言葉の連続では頭に入ってこないので、初めの頃はテレビでコメディドラマばかり見ていました。この手のファミリードラマは日常的に交わされる会話が多いので、即役に立つ英語が覚えられて良かったと思います。ジョークも最初は何がおかしいのか分からなかったけど、その言葉の語感が理解できるようになってきたら、とても面白くなりました。もちろん、テレビを見ているときの左手には辞書を常に持っていました。

生きた英語を学ぶとは、決して言葉の意味を計算式のように記憶することはなく、言葉の示すすべてのことをイメージとして捉えられるようになることだと感じています。そういう意味で、テレビってとても良いお友達でした(笑)

マイコン時代からコンピュータは好きで良く触っていたので、在米時代にもコンピュータ雑誌をよく読みました。また、当時のパソコン通信「CompuServe」にもアカウントを持ち、コンピュータ関連のグループも良く読んでいましたね。内容を把握したい、読みたい、知りたいという欲求が英語学習の背中を押してくれました。

これは翻訳者の専門分野を広げる話に繋がるところがあります。自分はこの分野が好き。そういう分野が自分の勝負できる分野になるんですよね。苦労を苦労と感じることなくリソースを注ぎ込んで勉強できるわけですから。

いきなり調べたりしない

仕事や出先ですぐに理解しなくてはならないという状況でない限り、以下の手順で調べていたように思います。

  1. 文章の前後関係から、その言葉の意味を想像する。
  2. その推測が正しいかを英和辞典で確認する。
  3. その言葉の枠組みを把握するために、辞書を全部読む。

テレビを見ているときはどうしたの?という疑問が生まれると思います。テレビの時は以下のようなやり方でした。

  1. 発音で言葉を覚える。
  2. 話しの前後関係から、どういう意味かを想像する。
  3. 発音からスペルを想像して、辞書で片っ端から調べ、推測が正しいかを確認する。
  4. 言葉の枠組みを把握するために、辞書を全部読む。

在米時代はまだまだ若かったのもあり、リテンション力も良かったので、一連の会話を頭の中で再現できました。だから、こんなやり方ができたんでしょう。今の私では無理です(笑)

この「発音からスペル」という流れの学習は、その後、タイプミス防止トレーニングに非常に役立ちました(以前の記事「タッチタイピング」をご参照のこと)。

イメージ把握、そして日本語から言葉の輪郭を追い込む

さてはて、これが正しいアプローチなのかどうかは分かりませんが、私はこんなやり方をして当初は英語を学習していました。翻訳に携わるようになっても、基本的に同じアプローチをとっています。言葉が使われている情景を記憶して、その情景における意味を把握して、そしてその言葉の広がりを知る。

辞書はとことん「読む」。今や電子辞書やスマホに辞書が入る時代。より詳しい記述のある辞書をすぐに読める環境に羨ましささえ感じます。

英語学習をされてる方、あくまで上記は我流なので参考程度に(笑)


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仕事の条件はちゃんと決めておく

翻訳会社とのやりとりの中で、相手の話にほだされて、情け心から無理な案件を引き受けてしまう方の話をよく耳にします。「信頼関係を築くため」とか「関係悪化を心配して」とか、いろいろと後付けの理由を聞きますが、どれも結局は自分に対する甘えにしか私には聞こえません。

打診時に提示された条件が、問い合わせの度にどんどん厳しくなっているのに「お客さんが~」とか「他に頼める翻訳者さんがいなくて~」とか泣き付かれて、情にほだされて仕事を請けてしまう。こんな話を聞いていると、相手は悪徳セールスに似た交渉術を使っているなぁと感じるのですが、その術にしっかりと引っかかっているように見えます。


●仕事を請ける条件を自分なりに決めていますか?●

例えば文書分野、技術分野、分量と納期。そういうパラメーターで自分が仕事を請ける条件を決めているでしょうか?この条件を超えて仕事を請けると、例えば品質を担保できなくなるとか、体調を崩して数日仕事ができなくなるとか、そういう限界点のことです。(もちろん、ある程度のマージンは持つのですが)

仕事を請ける条件を明確に自分の中に決めておけば、相手の話術や交渉術に乗せられて、その場の気分で無理な仕事を請けることは少なくなるはずです。

無理は必ずどこかに現れます。それが翻訳なのか別のものなのかは分かりませんが、それにより顧客の信頼を失う可能性もあるわけです。「相手のため」と思っていることが「仇」になりかねないのです。まさに「情けが仇」です。

プロというものは、自己管理ができなくてはなりません。心理的なものもそうです。また仕事の交渉ができなくてはなりません。自分の最高出力を阻害する要因をしっかりと認識して、それが達成できないならば潔く仕事を断る、そういう意識が必要だと思います。