翻訳横丁の裏路地

We can do anything we want to do if we stick to it long enough.


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来るものは拒まず

ここ数年の私のモットーは「来るものは拒まず」

もちろん、もともとのことわざは「去る者は追わず来る者は拒まず」(さるものは おわず きたるものは こばまず)で、「もの」は人のことを指していますが、冗談話の中では、自分に訪れるすべての事象を「くるもの」と捉えて「くるものは拒まず」と言ったりしますよね。私のモットーは、そちらの「すべての事象」を指しています。

同じ言葉を「何でもかんでも受け入れてしまえ!」と解釈して実行されている方もいるようですが、私は自分なりにルールを決めています。そのルールとは「自分が今までに経験したことがない全てのこと」を「くるもの」として捉え、拒まず受け入れることにしています。

私は元来、かなりチキンな性格で慎重派。自分に自信が無いことも手伝って、石橋を叩きすぎて壊してしまうタイプなので、何か新しいことが訪れると途端に怖じ気づいてしまい、諦めて手を出さないのです。そんな自分を奮い立たせるためのモットーです。

「機会」というものは、自分の状況に関係なく、それも突然訪れるもの。その機会を生かせるように日頃から精進しておけと良く聞きますよね。例え精進していても、人は概ね自己評価の高い人は少なく、ましてや経験の無いことには自信が持てず慎重になるのは当然だと思うのです。

私の場合、自分の性格も手伝って、その辺りが顕著に現れるので、それを打破するためにある時から考え方を変えました。

  • 訪れた機会に次回はないぞ!
  • 私のような者に機会をいただけること自体が幸せなこと、奇跡的なこと。
  • やる前から何も分かるまい?
  • やってみて得られることの方が遥かに重要。(新しい人との繋がりや自分自身の発見がある。)
  • やってみて初めてその先が見える。(山は登ってみないと、その先の景色は分からない)
  • 自身が抱く不安が膨らむ前に受け入れてしまえ。(自分が気付く前に飛び込んでしまえ)

機会が訪れたら、まず自己評価はやめよう。まずは飛び込んでやってみる。それでダメなら、それでいいぢゃんと考えるようになりました。成功しようが失敗しようが「やった」という経験が大切であって、その経験の先に新しいことが待っているからです。そもそも、もともと持ってなかったのだから、失うものもないですよね。

そう考えて実践してからは、いろいろな変化が私の周りで起こるようになりました。身の丈に合わないこともたくさんありましたが、それはそう認識できたことが貴重だと思っています。

怖じ気づかずに、やっちゃいましょう!
(自分に向かって言っている)


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翻訳屋と寿司屋

25年ほど前、当時、たまに利用していた寿司屋で、久し振りの贅沢にとカウンターに座り、寿司を食べていた。

馴染みの客らしいおっさんと「シャコなんざ、ゴミみたいなもので、ここらじゃ食べないよ」なんて、少々気に障ることを言われつつ雑談をしていたら、若い女性客が入ってきた。

お持ち帰りで寿司を二人前注文して、彼女は少し高くなった座敷席の端に腰掛け、寿司ができあがるのを待っていた。当時はまだ回転寿司がそれほど普及しておらず、近所にはなかったと記憶しているので、寿司というとこうして寿司屋に買いに行くか出前を取るくらいしかなかった。

しばらくして、出来上がった寿司折りふたつを持って、店主が彼女の元へ、そして、値段を告げた途端、彼女の表情が曇る。

「思ってたより遥かに高い」

そう思ったのだろう。顔にそう書いてあった。かなりしぶしぶとした感じでお金を払い、その女性は店を出て行った。そして店主がぼそりと言う。

「あれでもかなり値引きしたんだけどねぇ」

そう、店主は彼女が来店した瞬間から、きっと寿司屋の寿司の値段を知らないで来ていると判断していた様子。なんともやりきれないという感じの店主を見て、気の毒に思ったのを覚えている。

私が翻訳を「売る」立場になってから、この記憶を時々思い出すことがある。

初めて海外と取引をするようになり、文書の翻訳が必要になったとか、海外からお客さんが来るので、掲示物を翻訳したいとか、いろいろな理由から初めて翻訳サービスを利用する顧客にも、同様の反応が見られるからだ。

世間的な翻訳に対する印象は、言語に精通した人間なら「ちゃちゃっと」できるくらいの印象で、そんなに費用と日数が掛かるものとは思っていないのが実状なのだろう。

見積を出すと音信不通になる顧客はきっと、他の安価な翻訳サービスを探し、そこに仕事を依頼するのだろう。これは決して間違ったことではない。顧客のニーズとマッチしたサービスなのだから当然の選択だと思う。

私が思うのは「果たして私(たち)は、回転寿司と明確に差別化できる翻訳サービスを提供できているだろうか?」ということ。もし仮にそういった回転寿司サービスが、ある程度「高い翻訳品質」を提供できるようになっても、「勝負できる『何か』を持っているだろうか?」ということ。

機械翻訳にせよ、ウェブ翻訳にせよ、この先の将来において、どう技術的に進歩し、変化する顧客のニーズを獲得して市場を独占していくかは、生理的好き嫌いに終始することなく真面目に捉え、この先の自分の身の置き場所を考えることは大切だなと常々感じている。


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品格

電話の応対やメールの文面、そういったものから相手の品格、ひいてはその個人が所属する組織の品格が判断されてしまう。

自分が電話したり、メールした相手の反応から、そんなことを感じたことはありませんか?

お客様にしろ取引先にしろ、全てが大切なビジネスパートナー。初めての問い合わせ相手だって、将来の潜在的顧客かもしれないのですから、相手の身になった丁寧な対応をするのは大切でしょう。

組織で考えると、対外的な窓口となる人材の選択には特に注意が必要でしょうし、然るべき教育を継続的に行う必要がありますね。

みなさんは大丈夫ですか?(自責の念に駆られつつ・・・)


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JTF翻訳ジャーナル No.282 / 2016年 3月/4月号公開


JTFジャーナルWeb

日本翻訳連盟の「JTFジャーナル」 3/4月号が公開されました。

今号の特集記事「機械翻訳の国家戦略」は、なかなか読み応えがあります。また、ミニアンケートの結果も現状を知るのに役立つでしょう。

高橋聡さんのコーナー「フリースタイル、翻訳ライフ」では、我ら翻訳勉強会「十人十色」の井口富美子さんが寄稿されています。

無料でお読みいただけますので、どうぞ、お気軽にダウンロードしてお読みください。


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翻訳発注は年度末を避けるべし

年度末が近づくと、あちらこちらで道路工事の光景を見かけるようになります。予算を使い切るための追い込み工事なのかどうかは不明ですが、翻訳業界も同様に年度末になると繁忙期に入ります。

私の感覚では、通常は翻訳会社に登録される翻訳者のうち、トップ5~10%くらいで翻訳案件は回っているのではないかと思うのですが、この繁忙期になると、日頃依頼を掛けないような翻訳者に仕事を依頼するようになるようです。

そうすると何が起きるのか?

それでなくても品質のばらつきが大きい翻訳会社の翻訳品質が、さらに大幅に振れるようになります。呆れるような品質の翻訳物が平気で納品されてくるようです。つまり、翻訳依頼することが分かっているのであれば、2~3月の年度末や長期連休前の翻訳繁忙期を避けて計画した方がいいということになります。

そもそも繁忙期には、いろいろなことにしわ寄せがいきます。翻訳会社は稼ぎ時だから無理をして受注を取り付けようとしますし、翻訳者へは無理な納期で仕事を依頼しようとします。そして社内へも無理を強いて短納期対応していくわけです。遅くとも3月末日の納品・検収が必須で納期延長できない案件ばかりなのに、(残った予算額を使い切ろうと)意外と大きな案件が多い状況になりますから、その負荷は相当なものでしょう。

納期短縮で一番影響を受けるものは何か?
それは間違いなく「品質」です。

納期短縮へ対応するためには稼働時間を延ばすか、「翻訳をする時間」「チェックをする時間」を短くするくらいしか対応方法はないでしょう。多くは稼働時間を延ばして対応されるのでしょうが、例えば自分の体力と精神力を超えた無理な仕事の受け方をすると、それは疲労につながり、集中力へ影響を与え、そして翻訳の品質へ影響を与えます。翻訳会社の中では無理な時間外労働で同様の状況になるでしょうし、時にチェックの間引きをするなどの対応をしているケースもあるでしょう。少なくとも、この時期に納品される翻訳物の質を見ていると、通常時とは違い「何かを手抜きしている、どこかに無理している」と判断せざるを得ない翻訳物を多く目にしますから、この推測は間違っていないでしょう。

翻訳を依頼するクライアント企業は、質の良い翻訳物が欲しいなら、計画性を持って依頼をすることを心掛けた方がいいです。さもないと、同じお金を払うのに、質の低い翻訳物を手にすることになるでしょう。